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宮島(厳島)の台風14号被害(2005年9月6日)

      白糸川の砂防堰堤構築と弥山原始林における植栽について

                                       広島大学大学院理学研究科附属宮島自然植物実験所
                                                       助教授 豊原源太郎

 宮島が世界的に有名であるのは、歴史的建造物の厳島神社があることと、その背後にある弥山原始林と厳島神社の建造物との調和がすばらしいからであり、それは宮島町民だけのものではなく、世界全体の資産として後の世代まで今の姿を残すべきであるという趣旨で世界遺産に登録された。これまで、宮島の人達はこの資産に依存して生活してきた。古来、宮島の人達は宮島の自然と厳島神社に寄り添って生活してきたのであり、その優れた景観・風致による恩恵を受けてきた。厳島神社と宮島の自然が街の暮らしを支えてくれた大切な資産であり、通俗な言い方をすれば宮島の自然と厳島神社が飯の種である。宮島全島が神の島として大切にされ、特に弥山山塊の自然林は立派であるとして国の天然記念物「弥山原始林」に指定されている。原始林とは人手の入らない自然林のことであり、自然植生であることの価値が認められたのである。一方で、宮島には道を外れるならば極めて危険な自然があり、登山家であっても侮れない山なのである。自然とはそのようなものなのである。


被害状況の写真(撮影:2005年9月9日〜10月25日)
平成17年9月6日に発生した土石流は弥山原始林の中央部分を貫通するもので、白糸川下流部の大聖院をかすめて、宮島の商店街にまで達する大規模なものであった。幸い人命に関わる被害はなかったものの、自然の猛威に皆驚嘆し、二度とこのような災害が起こらぬように上流部に巨大な砂防堰堤を築く計画が実行に移されようとしている。災害防止上やむを得ないことかもしれない。しかし、本当に大規模土石流再発の可能性が大きいのか、小さな堰堤では駄目なのか、専門家による調査結果が待たれる。それというのも、砂防堰堤は弥山原始林の中央部に予定されており、宮島の風致を著しく損ねることが危惧されるからである。工事による自然破壊が更に周辺に拡大するのではなかろうか。

 また、土石流により生じた裸地に植栽する計画もあるという。それのみか、台風による倒木で弥山原始林の植生が損なわれた場所にも在来種による植林の計画もあるという。世界遺産に登録された宮島の自然、天然記念物弥山原始林の保全を目的とするのだと言うことである。被災者の心情を思えば、何か抜本的な対策をとってほしいと願うのは当然のことであり、行政もそれに答えるべく万全の対策を講じようとするのも理解出来るので賛同者は多いものと思われる。

 しかし、初心に返って、宮島はなぜ世界遺産に登録されたのか、弥山原始林はなぜ天然記念物になったのかを考えたとき、宮島の自然の価値が認められたからであることを思い起こさなければならない。その自然に対して、巨大な人工構造物を作り、植林を行うなどの人為を加えた場合、宮島の自然は世界遺産、天然記念物としての価値を保つことはできないのではないかと危惧する。人為的に創られた原始林などあるわけがないので、場合によってはその名を返上することさえも考えなければならないのではないか。この点については、宮島の文化財保護審議委員会で今後検討されることであろうが、大変な決断が要求されているので、そう簡単には結論が出ないであろう。宮島町民においても、飯の種を失ってでも安全を優先させるべきなのか決断を迫られる事なのかもしれない。いずれにせよ現場がどうなっているのか自分の目で確かめなければ議論にも加われないのであるが、現在、弥山登山道は通行止めとなっている。私としては、やはり宮島は名実ともに自然の豊かな所であってほしいと願うものである。宮島の自然を重視するのであれば、むき出しとなった岩肌は自然であり、コンクリ−トの堰堤とは全く違うので、それ自身宮島の自然を損なうものではないので人工的に緑で覆う必要はない。自然に苔むすのを待つことができないのだろうか。

2005年9月台風14号による土砂崩れ被害の場所(広島県廿日市市宮島町)
 宮島には、広島大学大学院理学研究科附属宮島自然植物実験所があり、宮島の優れた自然を対象として教育・研究を行い、世界遺産に登録された弥山原始林を中心とする宮島全島の保全について提言をしてゆくことを目的とした施設である。私は現在の施設の前身である宮島自然植物園が出来た昭和39年から宮島の植生を調査し続けて今日に至る。安全と自然のどちらを優先させるべきかは、個々人により考え方も違って来るでそのような研究は行っていないが、人為を加えた場合、植生はどの様に変化するのかということについては当実験所の得意とする専門分野である。現在、弥山原始林以外の宮島の約90%を占める国有林の部分については、営林署と共同で研究し、どの様に保全するのかを検討してきている。最も広面積を占めるマツ枯れ跡地については自然の回復力に任せて森林の更新が行われており、植林など人為を加えることは行わないことにしている。しかし、ミヤジマトンボの生息地についてはトンボの生存を最優先として植生に多少の人為を加えてきているし、包が浦の「悠久の森」では潜在自然植生に基づいたクスノキの植栽を行い、一部植林地ではヒノキの樹皮を採取するための手入れを行うなど、人為を加える所も僅かに存在する。それらは、地域住民の連帯を促し、宮島の自然保全の重要性を体験するためのイベントとして位置づけられる。現在、宮島の自然を保全する上で最も求められているのは、鹿による食害対策であり、弥山原始林においても次代を担う更新木が被害に遭っており、食害の方が重大な問題となっているのであるが、意外に関心が低い事が残念である。