2016年度佐渡島実習
2016年度宮島生態学実習(佐渡島)
2016年度の宮島生態学実習(学部2年生および3年生対象)を新潟県佐渡市の新潟大学で開催した.以下,TA(ティーチングアシスタント)がまとめた報告内容である.
宮島生態学実習報告書 宮島自然植物実験所 M1 諸石智大 実習期間 2016年9月23日~9月26日 実習施設 新潟大学農学部附属フィールド科学教育研究センター(通称:佐渡ステーション) 担当教員 坪田博美准教授(広島大学大学院理学研究科附属宮島自然植物実験所) 参加者 16名(教員・TA含む)
【実習施設概略】 佐渡ステーションは佐渡市小田(旧相川町)に研究・宿泊施設を置き、大学の演習林はこれより東5 kmの大佐渡山地北部稜線沿い西側斜面に大部分が広がる。本施設はかつての幕府の直轄地で、現在新潟大学の所有となっている。演習林の最高地点は950 mで、面積全体の8割以上は針葉樹(スギ、ヒバ(ヒノキアスナロの方言名)、アカマツ)と落葉広葉樹(サワグルミ、ミズナラ、イタヤカエデ、カツラ)からなる天然の混交林である。とくにスギ天然林は、日本海特有の季節風や雪圧の影響がよく表れており学術的にも極めて貴重である(新潟大HPの内容を改訂)。
【実習内容】 金曜 佐渡トキ保護センター訪問、里山(二次林)の観察 土曜 佐渡島を代表する植物の観察(900 m級の山のトレッキング、湿地帯) 日曜 毎木調査およびスギ天然林の観察 月曜 海浜植生の観察
【1日目:9月23日(金) 天気:雨】 新潟港から両津港へカーフェリーで移動する。12時到着。坪田先生と参加する学生と合流。佐渡ステーションに所属する本間先生(新潟大)と事務員さんに挨拶をし、佐渡トキ保護センターへ移動する。館内で本間先生から説明を聴きながらトキの骨格標本や模型を観察する。トキNipponia Nipponは、体長約80 cm、重さ1.5 kgほどのペリカン科の鳥類で、朱色の皮膚が露出している顔、下方に湾曲したくちばし、後頭部にある眺めの冠羽を持つことが特徴である。本センターでは野生のトキの保護や飼育、保全を行うだけでなく、生きているトキの一般展示も行っている。ちょうど採食の時間で、間近でトキの姿を見ることができたことが印象深い。本間先生によれば、1970年代に個体数が減少する佐渡のトキを保護し、1980年代に保護・繁殖を行い始めたとのこと。さらに2000年代、地元の有志をつのってトキの繁殖・維持を目的とした里山などの自然再生事業が始まった。 佐渡トキ保護センターを後にし、収穫の時期を迎えた黄金色の美しい田んぼを眺めながら国仲平野を横断する。途中、立ち寄った集落の里山(二次林)を観察する。アカマツ、ホオノキ、クリ(実:fruits)、コナラ、ヌルデ、ネムノキ、クズ、コマツナギ、ヤマウルシ、トチノキ、ヒサカキ、アラゲナツハゼ、スノキ、アカメガシワ、アメリカセンダングサ、ハス、ヨモギ、ハナタデ、ススキ、ミゾソバ、キウイフルーツ、ツユクサ(f)、ムラサキシキブ、サルトリイバラ、セイヨウタンポポ、ドクダミ、セイタカアワダチソウなどを見る。佐渡島では、トキを自然復帰させるために里山で使われなくなってしまった水田をふたたび利用する取り組みがなされているそうだ(ビオトープの復活)。その後、ヒノキアスナロの林に入り、イヌガヤ、キヅタ、エゾユズリハ、ツルグミ、イヌザンショウ、ゼンマイ、ヒノキアスナロ、ヤマフジ、ヒメアオキ、シロダモ、アオハダ、ヒイラギ、ヤブツバキ、ヤツデ、ミツバアケビ、ツルリンドウ(f)、ツワブキ、ツリガネニンジン(f)を見る。 里山観察後、小佐渡山地と大佐渡山地に挟まれる国仲平野を通過し、両津港の反対側の真野港へ出る。水平線に沈む太陽を横目に海岸沿いを走ること一時間少々、佐渡ステーションに到着。佐渡島の北側に位置する本施設は、港からの交通の便は決してよいとは言えないが、立派な建物で感動した。広島大学一行が到着した後、大阪教育大学が到着する。夕食後、本間先生による講義(積雪地域におけるブナに耐雪性について)があった。学生らはみな、一生懸命に講義に参加し、質問をする学生も見受けられた。講義後は自由時間となった。佐渡島は当初予想していたよりもずいぶん過ごしやすい環境で、夜は凍えるほどの寒さではなかった。また、星空が非常に綺麗で、流れ星を見ることもできた。日をまたぐ前に部屋に戻り、明日への英気を養うことにした。
【2日目:9月24日(土) 天気:晴れ】 佐渡ステーションを出発し、ドンデン山のふもとの山荘に移動。ドンデンとは頂の丸い山の意味「鈍嶺(どんでん)」のことで、山頂付近では風衝地特有の植物を見ることができる。ドンデン山荘から遊歩道を登り始める。道の両脇にノコンギク(紫花)、オオバクロモジ、リョウブ、イヌガヤ、ヤマモミジ、イタヤカエデ、ハウチワカエデ、エゾアジサイ、エゾユズリハ、サワフタギ(瑠璃色の実)、コマユミなどの冷温帯に出現する植物を見る。広島県の平野部ではなかなか馴染みのない植物が多いため、学生は先生の説明に熱心にメモを取っていた。ヤマモミジは島根県以東の本州・日本海側に分布し、一般的にイロハモミジよりも葉が多い。足元にヒメキンミズヒキ、オオカニコウモリ、イヌツゲ、ナガバモミジイチゴ、ヤマウルシ、ハクサンシャクナゲ、目線の高さよりやや上部にオオカメノキ、タムシバ、ウリハダカエデ、ナナカマド、ブナ、アキグミを見る。本間先生(新潟大)によれば、佐渡島ではイヌブナは存在しないとのこと。尾根(風衝地)を目指して狭い道を歩く。ミズナラ、ゴヨウアケビ、ヤマトリカブト(紫花)、ハナヒリノキ、タニウツギ、モミジイチゴなどを見る。風衝地に到着し、センブリ、ウメバチソウ、ミヤマコゴメグサ、ハハコグサの仲間(ヤマホオコ?)、ツリガネニンジン、リンドウ、ヨツバヒヨドリ、ススキの開花を観察する。風衝地を抜け、尻立山へ。レンゲツツジ、キリンソウ、ヒカゲノカズラ、マルバフユイチゴ、ダイモンジソウ、オオイワカガミ、イブキジャコウソウ、サラシナショウマ、トチバニンジン、リョウメンシダ、ヒロハヘビノボラズを見る。ヒロハヘビノボラズは蛇が登れないほど刺が密生しており、放牧されているウシが食べないそうだ。11時、尻立山頂上(940 m)に到着。 尻立山を下り、サワグルミ、ナナカマド、ブナ、ホオノキ、ミチノクノロイグサを見ながら急ぎ足でゴールを目指す。その道程にウシの足跡や糞があった。一昔前までは数千頭のウシが放牧されていたが、現在は管理者の高齢化や減少のために数が激減しているために、食べられなくなった草本類が伸び放題になっているのだと言う。 ドンデン山荘に戻り、昼食、集合写真を撮影したのち、ドンデン山の位置する反対側にある妙見山を目指した。一度国仲平野に下り、国道350号線から大佐渡スカイラインに入る。休憩所の白雲台に到着し、ブナ林を見ながら妙見山の頂上へ向かう。途中、ヤマモミジ、クロモジ、イタヤカエデ、ミズナラ、ハウチワカエデ、アキノキリンソウ(黄花)、ヤマブドウ、アキグミ、ナナカマド(赤実)、リョウブ、オオカメノキ、エゾユズリハ、ツルアジサイ、ツノハシバミなどを見る。注目すべきはブナの林で、佐渡に積もる雪の影響を受けて樹木は根元までひん曲がっている(雪圧)。しかしながら、雪が解けると再び樹は上に向かって伸びていくので、樹木の形はL字型になることが多い。ススキのなびく尾根から頂上へ向かう。マツムシソウ、センブリ、ウツイ、ベニイタドリ(白花)、メドハギ、イヌエンジュ、イブキジャコウソウ、ミヤマコゴメグサ、ニセアカシア、ハクサンシャクナゲ、ヒメヤシャブシ、ヤマトリカブトを見たのち、下山する。 妙見山を下りたあと、乙和池(おとわいけ)へ移動。乙和池は高原湿原性の浮島で、ブナ・ミズナラを主とする落葉広葉樹林(クロモジ、ナナカマド、オオカメノキ、ハウチワカエデ、ブナ、サワフタギ、ホオノキ、ミズナラ)が一帯を囲む。帰りにツワブキ(黄花)、アメリカセンダングサ、ハナタデ、ヒメキンミズヒキ、ウワバミソウ、アカソ、ミゾソバを見る。 その後、有名な佐渡金山を通過し、佐渡ステーションに戻る。夕食後は、講義室で崎尾先生(新潟大)による佐渡の概説と、毎木調査に関する説明があった。
【3日目:9月25日(日) 天気:晴れ】 朝8時30分、佐渡ステーション演習林へ移動する。午前中、ヒノキアスナロが多く生育する林分で毎木調査を行う。毎木調査は、その森林の種組成や構造、バイオマス(炭素量)を把握する際に用いられる植物社会学的な調査のひとつである(石原ほか 2010)。約20 m×20 mの区画内で、6人一組となり、調査対象となる樹木(1.3 m以上のもの)すべてについてホッチキスでナンバリングし、種名・樹高・胸高直径・枝下高を測定することになった。ヒノキアスナロ林内は高木層(12 m~)にヒノキアスナロ、スギ、亜高木(~10 m)にホオノキ、サワグルミ、ナナカマド、ウワミズザクラ、イタヤカエデ、カツラ、ツルアジサイ、低木層(~4m)にハウチワカエデ、クロモジ、エゾユズリハ、ヤマブドウ、オオカメノキ、リョウブ、アオダモ、サワダツ、イヌガヤ、ミズキ、タニウツギ、ヤマモミジ、草本層(~1.5 m)にヒメアオキ、イヌツゲ、ヒサカキ、ミヤマシキミ、ヤブコウジ、ノブドウ、ナガバモミジイチゴ、ツタウルシ、ヤマウルシ、トウゲシバ、サラシナショウマ、ウワバミソウ、その他数種のシダ類を確認することができた。 毎木調査後、千手杉と呼ばれる巨大な天然スギの待ち構える湿地へ移動する。千手杉は根元から太い枝が左右に分枝し上部に伸び、さらにそこから無数の枝が外側に飛び出しており、主幹はどれかわからない状態であった。湿地周辺のアブラガヤ、ハクサンシャクナゲ、マタタビなどを見る。佐渡演習林には、積雪の影響を受けて、千手杉のようなきてれつな形状をした巨木を見ることができる。それらは佇立する人工スギにくらべると木材や建材としての価値は乏しいが、観光資源としての価値があるという話であった。 千手杉の湿地を過ぎ、再び風衝地に到着する。ちょうど尾根と尾根の間でV字になっている谷が真下にあり、中国大陸側を臨みつつ、昼食。モウセンゴケ、センブリ、ウメバチソウ、ツリガネニンジン、ダイモンジソウ、チョウジギク、ウド(f)を見る。 崎尾先生より佐渡の地質の特徴である青ネバ(緑色凝灰岩:グリーンタフ)による説明があり、昼食後は天然スギの巨木群や多様な植物が見られる「王様の小路」に移動する。王様の小路入口に到着後、約1時間のトレッキングが始まる。王様の小路内は、かなり太い幹のスギ(おまけに四方八方自由自在)を中心とした林である。多様な植物や雪圧の影響を受けた樹木、スギの倒木更新から芽吹く植物、あるいは着生するコケ、膝ほどまであるシダなど、植物のことを知れば知るほど、新たな発見に出会えるような場所であった。樹木にナナカマド、スギ(天然)、クロモジ、エゾユズリハ、リョウブ、オオカメノキ、イタヤカエデ、ヒノキアスナロ、ミズナラ、アオダモ、ハウチワカエデ、ミヤマシキミ、モッコク、ホオノキ、サワダツ(ニシキギ科)、アオハダ、ハナヒリノキ、ブナ、つる植物にツルアジサイ、マタタビ、ヤマブドウを見る。足元付近にアキノキリンソウ、エゾアジサイ、ツワブキ、ナガバモミジイチゴ、ツクバネソウ、イヌガヤ、ウワバミソウ、ツルアリドオシ、ゼンマイ、マルバフユイチゴ(赤実)、ホツツジ、サラシナショウマ(白花)、イヌツゲ、ヒカゲノカズラ、ツタウルシ、リョウメンシダ、トチバニンジン、ミゾソバなどを見る(もっとたくさんあったが、不勉強につき)。 王様の小路を満喫したあと、渓畦林へ移動する。崎尾先生の説明によると、渓畦林とは渓流沿いに繁茂する森林のことをいう。上流の樹木の種や落葉は土壌を攪乱し、そこの昆虫の餌になる。そこで蓄えられた資源は渓流に流され、川魚や水辺の生き物の餌としてまた循環する。川魚などはめぐりめぐって私たちの栄養として循環する。このように渓畦林では山と水が互いの機能をうまく利用しながら生態系を維持されているということであった。サワグルミ、トチノキ、カツラ、ヤマハンノキ、イヌザクラ、オノエヤナギ、オニイタヤ、ミチノクノロイグサ、ヤマトリカブト、ナギナタコウジュなどを見る。 一日かけて演習林内の毎木調査、王様の小路のトレッキング、渓畦林の観察など盛りだくさんの内容を体験した一日であったが、締めくくりは藤井先生(人間環境大)による講義であった。題は「生物多様性と生態系サービス」。生物多様性という言葉は近年のメディアにより社会に浸透してきたものの、実際に求められている理解度や到達度は著しく達成されていないという問題点について言及された。個人的に興味深かったことは、「技術を持つもの」と「資源を持つもの」の関係性について。技術側が資源側を利用することで生まれた利益はかならず平等に分配されなければならず、一方的に搾取し、片方だけがうまい汁を吸ってはならない、という内容であった。 実習最後の夜はバーベキューで、やや寒い夜風に吹かれながら藤井先生の音頭で乾杯をした。火を囲み、海の幸山の幸に舌鼓を打ちながら、大学や年齢の垣根を超えて、さまざまな話をした。始終和気あいあいとした雰囲気があり、学生らも満足そうな様子だった。
引用文献 石原正恵・石田健・井田秀行・伊東明・榎木勉・大久保達弘 & 齋藤哲. 2010. モニタリングサイト1000 森林・草原調査コアサイト・準コアサイトの毎木調査データの概要(学術情報). 日本生態学会誌, 60(1): 111-123.
【4日目:9月26日(月) 天気:曇り】 実習最終日。車に荷物を詰め込み、佐渡ステーションを出発する。佐渡有数の観光地トビシマカンゾウの群落がみられる大野亀へ移動。佐渡島の最北端に位置する大野亀は巨大な一枚岩で、亀のように見えることでその名がついた。柵に囲まれた海岸草原にワルナスビ(f)、ヨモギ、ツユクサ、ツリガネニンジン、エノキ、クズ、ススキ、コマツヨイグサ、クロマツ、トビシマカンゾウ(花終わり)を見る。最初は植物の名前や知識を知らなかった学生たちだったが、実習中によく見た植物や特徴のある花や形をした植物については自信なさげではあるものの植物名をつぶやいてみたり、○○ですか、と尋ねることが増えたことが印象的であった。 その後、大野亀からやや東側の二ツ亀へ移動する。海岸の細い遊歩道を進みつつ、安部先生(新潟大)による海岸植生や海浜植物について説明を聞く。クズ、アメリカセンダングサ、エノコログサ、ヨモギ、ツユクサ、メヒシバ、アカメガシワ、オッタチカタバミ、ヒルガオ(f)、アオツヅラフジ、ナミヨモギ、アカツメクサ、アザミ sp.、ヤブソテツ、エノキを見る。海浜植物にハマゴウ、ハマボッス(白花)、ハマナス(花・実)などを見、センニンソウ、スカシユリ、ヘラオオバコ、トウオオバコ、エゾオオバコ、ママコノシリヌグイ(f)、ウミミドリ(海岸)、シオクブ(海岸)、ヒライ(海岸)といった珍しい植物を観察することもできた。フェリーの時間が近づいてきたので、急ぎながらアキグミ、ヨウシュヤマゴボウ、ミズヒキ、キャラボク(植栽)を見て駐車場に到着した。 車に乗り込むや雨が降ってきた。思えば今回の実習ではところどころ雨は降ったが、濡れそぼることはなく、非常に運に恵まれていたようだ。12時、佐渡汽船ターミナルに到着。4日間お世話してくださった新潟大の方々に深くお礼をし、別れの挨拶を済ませ、佐渡汽船ターミナル内へ移動。学生らはやや早く出港するカーフェリーのチケットを購入したため、悠長にする間もなく改札に向かった。彼らを見送って、無事実習は終了。解散となった。
【実習を終えて】 3泊4日の宮島生態学実習で、TAとしての業務は学生のお世話および学習の補助であった。実習地は佐渡島で、事前に予習をしていたこともあり、植物だけでなく土地や文化、気候などについて理解を深めることができたと思う。実習自体は、日本海側の植生やスギ天然林、海浜植生の観察で充実した内容であった。現場では、私は学生のお世話をするだけでなく、実習の様子を撮影したり、植物の採集を行ったり、自分がわからない植物については積極的に先生に聞いて知識を増やすこともできた。実習で印象的だったことは、はじめは植物の名前や知識を知らなかった学生たちだったが、実習中によく見た植物や特徴のある花や形をした植物については自信なさげではあるものの植物名をつぶやいたり、○○ですか、と尋ねることが増えたことである。しかし、植物名を教えるだけでなく、その植物に関する小話や似ている植物、その植物との見分けるポイントや特徴についてもっとも微に入り細に入り説明したほうがよかったと後悔したことがある。実習に同行された藤井先生(人間環境大)は、植物そのものだけでなく、背景や特徴、別の植物との見分け方について丁寧に説明してくださった。もちろん説明するためにはたくさんの準備が必要になるが、そのような知識を得ることでもっと自分の好奇心を刺激したり、他人の興味を深めることにつながると感じた。今回の実習を通して、ほんとうに自分の実になることをたくさん吸収することができ、いっそう植物を勉強することに対するモチベーションを向上させることができた。