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 この手紙の反響は,昭和26年5月頃に始まって昭和28年の暮まで続き,その間に,ドイツ(13大学),米国(8),インド(2),フランス,デンマーク,スイス,イタリア,カナダ,オーストラリア,ニュージーランド(各1)より,樹木103種261本,種子934袋が寄せられました.また,苗木代として,米国(18),英国(4),スイス,イタリア,インド(各2),西ドイツ,フランス,タイ(各1)から合計37万円の金額が寄贈されました.その他,外国の個人や日本の若干の機関からの協力もありました.
 
 この手紙の反響は,昭和26年5月頃に始まって昭和28年の暮まで続き,その間に,ドイツ(13大学),米国(8),インド(2),フランス,デンマーク,スイス,イタリア,カナダ,オーストラリア,ニュージーランド(各1)より,樹木103種261本,種子934袋が寄せられました.また,苗木代として,米国(18),英国(4),スイス,イタリア,インド(各2),西ドイツ,フランス,タイ(各1)から合計37万円の金額が寄贈されました.その他,外国の個人や日本の若干の機関からの協力もありました.
 
 これらの苗木の植栽,種子の取扱い,寄付金で購入する樹種の選定などは,理学部植物学教室の指導で行われました.外国からの苗木や種子は気候風土の違いもあって,順調に育たないものも多くありましたが,それでもかなりのものが生き残り,大学内において大切に育てられました.理学部の移転に伴い,1992年に東千田キャンパスより東広島キャンパスにそれらの樹木の一部が移植され,平和を見守っています.
 
 これらの苗木の植栽,種子の取扱い,寄付金で購入する樹種の選定などは,理学部植物学教室の指導で行われました.外国からの苗木や種子は気候風土の違いもあって,順調に育たないものも多くありましたが,それでもかなりのものが生き残り,大学内において大切に育てられました.理学部の移転に伴い,1992年に東千田キャンパスより東広島キャンパスにそれらの樹木の一部が移植され,平和を見守っています.
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1984.6.30「学内通信」16期3号(No234)
 
1984.6.30「学内通信」16期3号(No234)
              特集「大学を考えるー創設期の広島大学―」より抜粋転載
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特集「大学を考えるー創設期の広島大学―」より抜粋転載
    
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