「広島県の植物相の特徴」の版間の差分

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吉備高原面には湿地や池沼が多く,貴重種の宝庫である.池沼には,コウホネ属が多様に分化し,サイジョウコウホネ,ベニオグラコウホネなど新変種が広島県から記載され,コウホネ,オグラコウホネ,ヒメコウホネなど個体数も多い.そのほか,池沼や湿原にはシダ植物のミズニラ,シナミズニラ,種子植物のヤマトミクリ,コタヌキモ,ヤマトホシクサ,オグラセンノウ,ミカワシオガマ,ヤチシャジン,ミコシギク,サギソウ,トキソウなど貴重種が分布している.これらの湿原はゴルフ場,牧場の開発,道路建設などによって,広島県内では危機的な状況にある.また,農村地帯の過疎化によって,草刈や放牧がなされなくなり,植生の遷移が進行して消滅した貴重種も多い.ヒゴタイ,オグラセンノウなどはその例である.
 
吉備高原面には湿地や池沼が多く,貴重種の宝庫である.池沼には,コウホネ属が多様に分化し,サイジョウコウホネ,ベニオグラコウホネなど新変種が広島県から記載され,コウホネ,オグラコウホネ,ヒメコウホネなど個体数も多い.そのほか,池沼や湿原にはシダ植物のミズニラ,シナミズニラ,種子植物のヤマトミクリ,コタヌキモ,ヤマトホシクサ,オグラセンノウ,ミカワシオガマ,ヤチシャジン,ミコシギク,サギソウ,トキソウなど貴重種が分布している.これらの湿原はゴルフ場,牧場の開発,道路建設などによって,広島県内では危機的な状況にある.また,農村地帯の過疎化によって,草刈や放牧がなされなくなり,植生の遷移が進行して消滅した貴重種も多い.ヒゴタイ,オグラセンノウなどはその例である.
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吉備高原面には,全国的に見ても貴重な存在であるカザグルマ,エヒメアヤメ,フキヤミツバ,ヒカゲスミレ,ヒゴタイ,ワニグチソウ,ワダソウ,マンシュウボダイジュなどが点在し,場所によっては個体数の多い所もある.これらの植物の多くは,平凡なアカマツ林などに生育し,その保全はむつかしい.クマガイソウも吉備高原面から島嶼部まで点在していたが,山草マニアによる乱獲や植生の遷移などで激減した.
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イカリソウ属が三次盆地を中心として,多様な種分化を起こしつつある.日本海側から入って来たトキワイカリソウ,県西部に分布するコイカリソウ,県東部に分布するオオバイカイカリソウなどが交雑して,スズフリイカリソウといわれる雑種群を形成している.これは,ごく近い過去に何らかの隔離機構(イカリソウ属の種の分布が交じらないようにする仕組み)があったが,それが消失したのではないかと思われる.その隔離機構とは,多雪気候,河川の流路,湖水などが推定される.その消失の原因としては,気候温暖化,三瓶火山の噴出による江の川の流路変更,人類の活動による森林の伐採など,いずれも推測の域を出ないが,興味ある問題である.
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== 3) 中国山地の植物==
 
== 3) 中国山地の植物==

2015年4月17日 (金) 19:31時点における版

広島県の植物相の特徴広島大学理学部附属宮島自然植物実験所・比婆科学教育振興会 1997

広島県で,現在,分布が確認された種子植物の“種数”(亜種,変種も1種と数え,品種は数えない)は表1に示されている.それらを,さらに,植林(植栽),帰化(逸出)に区分した.

表1 本書に記載された広島県の種子植物“種数”
自生 植林(植栽) 帰化(逸出) 合計
裸子植物 18 4 4 26
被子植物  
  双子葉類      
    離弁花類 787 2 164 953
    合弁花類 479 3 96 578
  単子葉類 577 0 72 649
合計 1861 9 336 2206

本書では,広島県内の植物分布の記述にあたって,厳密な地形学上の区分ではなく,植物の分布と地形から,海抜700 m以上を中国山地,400~700 mの内陸部の平坦面を吉備高原面(地形学での世羅台地を含む),400 m以下の瀬戸内海斜面を沿岸部,瀬戸内海の島々を島嶼部と区分した(図1).これは,海抜700~900 mがシデ林などの上部中間温帯林,900 m以上がブナ林などの冷温帯落葉広葉樹林,400~700 mがシラカシ林やモミ・ツガ林などの下部中間温帯林,400 m以下がシイノキ林などの暖温帯常緑広葉樹林の領域であることに対応している.

この地域区分にしたがって,広島県の植物相の特徴は6項目にまとめられる.これはカラーグラビアの配列に対応している.1) 瀬戸内面(沿岸部から島嶼部)の植物:南方系,汽水域,塩生植物,海岸植物,池沼の水草など.2) 吉備高原面の植物:石灰岩地帯,湿原,カザグルマ,イカリソウ属などの特記植物など.3) 中国山地の植物:ブナ林域,草原,渓谷,湿原など.4) 春植物:フクジュソウ,サクラソウなど.5) 大陸系の植物:キビヒトリシズカ,オオヤマレンゲなど.6) 特記すべき植物:コウヤマキ,キレンゲショウマ,ササ類,テングシデ,チュウゴクボダイジュなど.

1) 瀬戸内面の植物

宮島は厳島(いつくしま)ともいい広島湾の西部に位置し,面積は30.2 km2,全島が瀬戸内海国立公園特別地域になっている.宮島の最高峰は弥山(みせん)(529.8 m)で,その北斜面に国指定の天然記念物特別保護区「彌山(みせん)原始林」がある.堀川(1942)は宮島を「日本の縮図の観がある」といっているが,海中から山頂まで自然がよく保たれて,代表的な植物群落がそろっている.1913(大正2)年に宮島を訪れたドイツのエングラー(A. Engler)の強いすすめもあって,1926(昭和元)年,三好学が弥山原始林を天然記念物に指定するように進言し,1928(昭和3)年に指定された.指定区域以外にも自然度の高い森林があって,海抜5 mそこそこの大元公園のモミ-ミミズバイ林などは,ほとんど原始林といってもいい植生であり,海岸から山頂まで連続した自然植生が見られる.弥山原始林はツガ林とアカガシ,ウラジロガシ,ツクバネガシ,ヤブツバキ,クロバイ,シキミ,シロダモなどの常緑樹を多くともなったアカマツ林から構成され,西南日本の暖帯から中間帯を代表する森林で,瀬戸内海の島の極相林として貴重である.

広島県の沿岸部や島嶼部には,南方系植物の分布北限に近いものとして,シダ植物ではマツバラン,コウラボシ,クルマシダ,ヒメハシゴシダ,ヒメミゾシダなど,種子植物でヤマモガシ,フウトウカズラ,ホウロクイチゴ,イワタイゲキ,モロコシソウ,ミミズバイ,ホウライカズラ,カギカズラ,ルリミノキ,コケセンボンギクなどが挙げられる.また,人為的に導入された疑いがあるが,ツチトリモチも分布しており,毎年,開花している.広島県からは,熱帯系の腐生植物であるホンゴウソウとウエマツソウも知られ,とくに500~700 mという海抜の高い地域に分布していることは,他県の生育地と比較して興味がある.同様に,奈良県や山口県では低地に分布しているツルマンリョウが,広島県では海抜400 mの地域に生育しているのも特記すべきである.

県西部の沿岸部から島嶼部にはヤマツツジの変種であるヒメヤマツツジが分布している.Yamazaki(1996)によれば,本変種は広島県西部と山口県東部に知られ,分布範囲は狭い.サンヨウアオイも同じような分布型を示している.

瀬戸内海は干満の差が大きく,広島湾では4 mくらいある.また,波が穏やかで,海水の浸入する入江や干潟が形成されやすい.このような環境には,一日に一度は満潮時に海水に浸る塩生植物群落や,海水と淡水の入り交じる汽水に生育する水生植物が生育している.しかし,このような海岸地形は,戦前には塩田,戦後は工業地帯として開発され,瀬戸内海沿岸から急速に消滅した.それでも,広島県内にはわずかながら塩生植物群落や汽水植物群落が残っている.中でも,広島市の太田川放水路のハマサジ,ハママツナ,フクド,シオクグなどの塩生植物群落は,県庁所在地の市街地に位置する貴重なものである.また,カワツルモ,イトクズモ,ヒトモトススキ,コウキヤガラ,アイアシなどが汽水域に生育しているが,いずれも危険な状態である.

沿岸部の水生植物としては,福山市のオニバス,タコノアシなどが貴重である.海岸植物では,砂浜にハマゴウ,ハマヒルガオ,ハマエンドウなどが広く見られたが,護岸工事などのために激減した.ハマビシ,ハマウド,イワタイゲキ,ツメレンゲなどは広島県の海岸植物としては分布地が限られ,個体数も少ない.とくに,ツメレンゲは福山市仙酔島が基準産地で,海岸の岩場に生育する.内陸部にも分布し,カラーグラビアの写真は内陸部の型である.

2) 吉備高原面の植物

県東部の比婆郡東城町,神石郡神石町及び油木町にまたがる帝釈峡や福山市の山野峡,猿鳴峡は石灰岩地帯で多くの興味深い植物が分布している.石灰岩峰や岩壁にはイワシデ,イワツクバネウツギ,イブキ,ヤマトレンギョウ,キビノクロウメモドキ,チョウジガマズミ,チョウセンヒメツゲ,トリガタハンショウヅル,ケキンモウワラビ,クモノスシダ,イチョウシダなど,渓谷にはケグワ,ケヤキ,タイシャクイタヤ,シロヤマブキ,ケスハマソウ,イブキスミレ,ミドリヨウラク,カタクリ,キバナノアマナなどで,これらの中には後述する大陸系のものも少なくない.石灰岩植物といわれていたヤマトレンギョウ,ケグワなどが,広島県では,安山岩や流紋岩地帯にも生育していることは注目される.

吉備高原面には湿地や池沼が多く,貴重種の宝庫である.池沼には,コウホネ属が多様に分化し,サイジョウコウホネ,ベニオグラコウホネなど新変種が広島県から記載され,コウホネ,オグラコウホネ,ヒメコウホネなど個体数も多い.そのほか,池沼や湿原にはシダ植物のミズニラ,シナミズニラ,種子植物のヤマトミクリ,コタヌキモ,ヤマトホシクサ,オグラセンノウ,ミカワシオガマ,ヤチシャジン,ミコシギク,サギソウ,トキソウなど貴重種が分布している.これらの湿原はゴルフ場,牧場の開発,道路建設などによって,広島県内では危機的な状況にある.また,農村地帯の過疎化によって,草刈や放牧がなされなくなり,植生の遷移が進行して消滅した貴重種も多い.ヒゴタイ,オグラセンノウなどはその例である.

吉備高原面には,全国的に見ても貴重な存在であるカザグルマ,エヒメアヤメ,フキヤミツバ,ヒカゲスミレ,ヒゴタイ,ワニグチソウ,ワダソウ,マンシュウボダイジュなどが点在し,場所によっては個体数の多い所もある.これらの植物の多くは,平凡なアカマツ林などに生育し,その保全はむつかしい.クマガイソウも吉備高原面から島嶼部まで点在していたが,山草マニアによる乱獲や植生の遷移などで激減した.

イカリソウ属が三次盆地を中心として,多様な種分化を起こしつつある.日本海側から入って来たトキワイカリソウ,県西部に分布するコイカリソウ,県東部に分布するオオバイカイカリソウなどが交雑して,スズフリイカリソウといわれる雑種群を形成している.これは,ごく近い過去に何らかの隔離機構(イカリソウ属の種の分布が交じらないようにする仕組み)があったが,それが消失したのではないかと思われる.その隔離機構とは,多雪気候,河川の流路,湖水などが推定される.その消失の原因としては,気候温暖化,三瓶火山の噴出による江の川の流路変更,人類の活動による森林の伐採など,いずれも推測の域を出ないが,興味ある問題である.


3) 中国山地の植物

4) 春植物

5) 大陸系の植物

6) 特記すべき植物