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= ヒコビアミニレター No. 306 (2005年6月3日) =
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= ヒコビアミニレター No. 311 (2005年11月4日) =
 
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2005年5月15日の第431回植物観察会は広島市東区福田町の広島県緑化センターで行われた.第3駐車場に10時集合.参加者61名.観察目的としたクロバイが多いのは駐車場(海抜高320m)よりも下のほうであるが,観察路にも見られるとのことであり,南側の観察路に向かう.谷底部はツクバネガシ,ウラジロガシ,アラカシなどの常緑広葉樹林であるが,観察路は中腹部の落葉紅葉二次林の中を通るものであり,二次林の手入れは行き届いていた.クロバイを1本だけ見ることが出来た.最近,鹿による食害が目立つとのことであり,イヌツゲが集中的に食べられていた.ヒトツバタゴの花が咲く多目的広場で昼食.管理事務所前でハンカチノキの花を観察し,近くにイヌガシが1本のみ自生している.柴刈り山と書かれたアカマツ二次林の中を藤ケ丸山に向けて登る.ここは手入れすれば,一面にコバノミツバツツジの花咲くすばらしい柴刈り山の再現が期待される場所であり,里山復元ボランティア活動など企画してみたい所である.緑化センターは自然条件の良好な場所であるが,バスなど公共交通機関が入らないのが致命的である.
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<div style="text-align:right">(G. Toyohara記)</div>
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*ヒコビアミニレタ- No. 311 (2005年11月4日) [#z90ed1e7]
      
2005年10月23日の第436回植物観察会は安芸高田市の郡山城跡で行われた.吉田町歴史資料館駐車場に10時集合.参加者51名.郡山には1979年に訪れたのが最後であるが,山麓部にシラカシ林が発達し斜面中部のアカマツ二次林の中にもシラカシが多く見られたのが印象的であった.今回訪れてみて,アカマツは尾根筋の花崗岩地のみに残存し,流紋岩地のアカマツは枯れて,斜面中腹部までシラカシ林が拡大していた.流紋岩地にはスギ・ヒノキ植林もかなり見られるが,その林内にもシラカシが大きく育ちつつある.アラカシとウラジロガシも僅かに見られたが殆どのカシはシラカシである.広島県文化財ニュ-ス83号(1979)に三ノ丸跡の植生の記録があるが,胸高直径40 cmのスギが今回の測定では60 cmであった.林床の植生は手入れされて変化しているが,クサギ,ツルニガクサ,クララの増加と,ヤブコウジ,ナツヅタ,アキチョウジの減少,キクバオウレン,フジカンゾウ,オカウコギ,ナツハゼ,クリなどの消失が確認された.また,そこには茸が見られ,ヘビキノコモドキ?のようであった.二の丸跡で昼食をとり,毛利元就の墓所に向かって下山.
 
2005年10月23日の第436回植物観察会は安芸高田市の郡山城跡で行われた.吉田町歴史資料館駐車場に10時集合.参加者51名.郡山には1979年に訪れたのが最後であるが,山麓部にシラカシ林が発達し斜面中部のアカマツ二次林の中にもシラカシが多く見られたのが印象的であった.今回訪れてみて,アカマツは尾根筋の花崗岩地のみに残存し,流紋岩地のアカマツは枯れて,斜面中腹部までシラカシ林が拡大していた.流紋岩地にはスギ・ヒノキ植林もかなり見られるが,その林内にもシラカシが大きく育ちつつある.アラカシとウラジロガシも僅かに見られたが殆どのカシはシラカシである.広島県文化財ニュ-ス83号(1979)に三ノ丸跡の植生の記録があるが,胸高直径40 cmのスギが今回の測定では60 cmであった.林床の植生は手入れされて変化しているが,クサギ,ツルニガクサ,クララの増加と,ヤブコウジ,ナツヅタ,アキチョウジの減少,キクバオウレン,フジカンゾウ,オカウコギ,ナツハゼ,クリなどの消失が確認された.また,そこには茸が見られ,ヘビキノコモドキ?のようであった.二の丸跡で昼食をとり,毛利元就の墓所に向かって下山.
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RIGHT:(G. Toyohara記)
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