植物観察会/KansatsukaiPageMiniLetter465

提供: 広島大学デジタル博物館
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ヒコビアミニレター No. 465(2016年12月30日)

 2016年12月23日(祝日)の第589回植物観察会は,広島市中区東千田町の広島大学東千田キャンパス(S棟207講義室)で勉強会として開催した.13時30分から開始し,16時すぎに閉会した.参加者39名.講演は,「瀬戸内海花崗岩地に成立する植生とそれを特徴づける植物について」(諸石智大),「八幡湿原(広島県)の自然再生事業と調査」(吉野由紀夫),「カナリーヤシのふるさとを訪ねて」(関 太郎)の3題であった.閉会後,旧正門に植栽されたカナリーヤシ(フェニックス)の観察に向かったが,冬支度が終わっており,実生や落ちた花序を観察した.16時30分ころ解散した.

(H. Tsubota & S. Uchida 記)


要旨

瀬戸内海花崗岩地に成立する植生とそれを特徴づける植物について:諸石智大

■はじめに 植物は生育に必要な栄養素のほとんどを土壌から吸収している.土壌や地質は植物の生育を左右する重要な非生物的要因であり(Clements 1916),植物と植物をとりまく環境を理解することが生態系全体を理解するための手助けになりうる.今回の発表では,瀬戸内海花崗岩地の植生について概略を述べた後,自身の研究内容について紹介する.

■地質と植生 中国地方は花崗岩からなる地質が広範囲に見られ,とくに瀬戸内海の倉橋島(呉市),黒髪島(周南市)などは全国的にも有名な花崗岩の産地である(乾 2012).花崗岩の性質は風化しやすく保水力に乏しいため,花崗岩を母岩とする土壌は貧栄養で痩せている(石原 2009).瀬戸内海沿岸地域の花崗岩地では,一般的にアカマツ二次林が成立した後,コナラを中心とする落葉樹林へと遷移する(石橋・豊原 1979,石橋 1980,1981).一方,同じ花崗岩を母岩とする宮島ではコナラが見られず,その空白にクロバイミミズバイのようなハイノキ属を交えた常緑樹林が広がる.また,宮島では本土でふつうに見られる植物が欠如していることや南方系植物と針葉樹が一緒に見られること(モミ–ミミズバイ群落)など,本土やほかの瀬戸内海の島とは植生が大きく異なる(鈴木ほか 1975).

■貧栄養と植物 植物の生長に必須の16元素のうち,窒素,リン,カリウムは肥料の三要素と言われる.リンは生物の骨格をなすDNAやエネルギー物質(ATP)の主成分として欠かせないが,土壌中では植物が吸収しにくい難溶性リン酸として蓄積していることが多い(Arihara et al. 1990).そのような貧栄養環境下で,陸上植物の多くは土壌中の菌根菌との共生によって養分を確保している(Smith & Read 1997).一方で,菌根菌と共生関係を結ばずにクラスター根と呼ばれる特殊な根を形成する植物が貧栄養環境に適応していることが明らかになってきた(Neumann & Martinoia 2002).また昨年,宮島に生育するヤマモガシがクラスター根を形成していることが報告された(山内ほか 2015).

■ヤマモガシと環境 広島県内で生育が確認されているヤマモガシは島嶼部に限られており,個体数は少ない(広島県植物誌 1997).県内で本種の生態がもっともよく調査されている場所は宮島であり,1960年代の植生調査では,本種はミミズバイ変群集,タイミンタチバナ亜群集,アカマツ–クロバイ群集に含まれる森林に散生する傾向があった(鈴木ほか 1975).今年度の調査で宮島内の11か所で本種の生育を確認した.過去と現在の資料を調べていくと,ヤマモガシが出現する場所ではミミズバイヒメユズリハトキワガキのような亜熱帯まで分布の広がる植物が重要な要素になっていることが明らかになってきた.現在,クラスター根を形成するヤマモガシやその周辺に生育する植物を瀬戸内海花崗岩地のような貧栄養環境に生育できる指標種として,生態学や植物社会学的な観点から研究を行っている.

八幡湿原(広島県)の自然再生事業と調査:吉野由紀夫

 広島県北広島町の八幡高原では1960年代に数か所で大規模草地の造成と牛の多頭飼育が行われた.臥竜山麓にあった八幡原牧場は面積が約80haあり,中央部に管理棟と牛舎があった.ここは1985年に閉鎖が決まった.その年の秋に(故)鈴木兵二広島大学名誉教授と私の二人が跡地利用のための調査を行い,報告書を作成した.(広島県 1986. 臥竜山麓公園(仮称)地域の環境調査報告書. 77 pp. 広島県.)

 広島県は2003年から牧場跡地の北側の一部を利用して,自然再生事業を行うことになった.私の所属する会社がこの事業の調査を行うことになり,植物相や植物群落,過去の植生図の作成などを行った.データは自然再生協議会に提出され,その後の計画立案の基礎資料として利用された.再生事業(工事)は2007~2008年に実施された.なお,調査結果はその大部分を,高原の自然館が発行している「高原の自然史」に発表している. 今回は,閉鎖前の牧場の様子と,自然再生事業における調査とその結果を説明し,工事後の様子についても紹介したい.

カナリーヤシのふるさとを訪ねて:関 太郎

 広島大学のシンボルツリーは「フェニックス」と称されているが,これは属名で,正しくは和名カナリーヤシ,学名Phoenix canariensis Chabaud.である.ナツメヤシ属(Phoenix)は世界に17種あり,主要な栽培種はナツメヤシ(P. dactylifera Linn.)で中近東からアフリカの乾燥地帯で古くから栽培されている.小型のシンノウヤシ(P. humils Royle var loureirii Becc.)は鉢植えとして,日本でもよく見られる.カナリーヤシはカナリア諸島の原産で,耐寒性があるため,世界の温暖な地域で広く植栽され,西南日本でも公園や街路樹としてお馴染みである.耐寒性があるといっても,海抜270mの西条盆地では無理で,広島大学の移転に際しては,東千田キャンパスの正門に残していった.すぐ近くなので,帰りに是非見ていって頂きたい.

 1951年[昭和26年]に,広島大学の森戸辰男学長が世界の主な大学へ書簡を送り,原爆の惨禍から立ち上がる大学キャンパスの緑化への支援を訴えた.この書簡の反響は大きく,苗木103種,261本,種子934袋,寄付金は37万円に達した.寄付金のうちで,最も多額であったのはアメリカのウエイスレヤン大学からの50ドルで,これによってカナリーヤシが購入されたといわれている.今となっては,だれがカナリーヤシの購入を決定したか分からないが,多分,当時の理学部植物学教室の堀川芳雄教授ではなかったかと思われる.また,その後,どういういきさつで,正門前のカナリーヤシが大学のシンボルツリーに選ばれたのかも定かではない.

 今年(2016年)5月24~27日に,カナリア諸島(スペイン領)を訪れる機会があり,ぜひ,カナリーヤシの自生地を訪れたいと思った,カナリア諸島の『生物目録』(2009)によれば,カナリーヤシはカナリア諸島の7つの島全部に分布し,固有種で「真の自生種」にランクされている.しかし,真の自生状態は少なくなっているといわれている.今回,テネリフェ島で見ることのできた場所も,かなり人為的影響が大きいが,自生状態のカナリーヤシについて,簡単な植生調査を行ったので紹介したい.


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