広島県の植生の概要

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広島県の植生の概要広島大学理学部附属宮島自然植物実験所・比婆科学教育振興会 1997

広島県の植生を鈴木・豊原(1982)を主として参考にして概説する.植生は気候・地形・地質などの自然条件と人間の活動による人為的条件の二つに大きく影響される.人間の影響をあまり受けずに発達したものを自然植生といい,人間の活動によって自然植生が変化させられたものを代償植生という.自然植生は,その土地の気候的条件で最大に発達した森林,すなわち気候的極相林で代表されるが,しばしば,地質や地形によって極相林に達し得ない植生,すなわち土地的極相がある.広島県で見られる土地的極相には,石灰岩や蛇紋岩地植生,山地や渓谷の岩峰・岩壁植生,海岸植生(砂浜・岩石海岸・塩沼地など),河岸や渓谷植生(河原・岩壁など),湿原・池沼植生などがある.代償植生には,極相林が人為的な伐採や山火事から再生した二次林や二次草原,人間が木を植えた植林,耕作地などがある.

広島県の自然植生は概ね次のようにまとめられる.中国山地の3段の侵食平坦面に沿って,ほぼ,植生帯が対応し,海抜900 m 以上の高位面はブナ林域(冷温帯落葉広葉樹林),700~900 m の上部中間温帯林にはイヌブナやシデ林,400~700 m の中位面はシラカシ林域及びモミ・ツガ林域(下部中間温帯林),400 m 以下の低位面にはシイノキ林域(暖帯常緑広葉樹林)となっている.これらの植生帯は,気候的極相林(いわゆる原始林)を示しており,現在,県内には,そのような森林は,国定公園や社叢など以外には,ほとんど残っておらず,ブナ林域はミズナラ林,クリ-コナラ林,草原などに,シラカシ林域及びモミ・ツガ林域はアカマツ二次林,スギ・ヒノキ植林地,耕作地や住宅地に,シイノキ林域はアカマツ二次林,竹林,耕作地や都市などの代償植生になってしまっている.

土地的極相としては,県西部の戸河内町三段峡や佐伯町羅漢渓谷などの岩峰にはツガ,ヒノキ,コウヤマキ,アカマツ,ホンシャクナゲ,ベニドウダン,ホツツジ,ゲンカイツツジなど針葉樹とツツジ科の低木からなる自然林がある.瀬戸内海の海岸崖地にはウバメガシ,トベラ,マサキ,ツワブキ,ハマナデシコなどからなる低木林が発達している.県東部の帝釈峡や山野峡などの石灰岩地帯には,イワシデ,イワツクバネウツギ,イブキなどからなる石灰岩地植生が,東城町猫山や多飯が辻山などの蛇紋岩地帯にはカシワ,ヒロハヘビノボラズなどからなる蛇紋岩地植生が見られる.八幡高原や吉備高原面の平坦地形で水はけの悪い所あるいは池のふちなどには,ヌマガヤ,マアザミ,イヌノハナヒゲ属,イヌノヒゲ属,ハンノキ,イヌツゲ,レンゲツツジ,オオミズゴケなどからなる湿原植生が発達している.池沼にはオグラコウホネ,ヒメコウホネ,ヒツジグサ,ヒシ,ジュンサイなどの水草群落が見られる.川岸の河原にはツルヨシ,ヨシ,オギ,ヤナギ属などの群落が特徴的で,岩の露出した地形ではキシツツジ,ユキヤナギ,フサナキリスゲ,ヤシャゼンマイなどの群落が発達している.海岸砂浜にはハマゴウ,ハマヒルガオ,ハマエンドウなどの群落,満潮時に海水に浸る塩湿地にはハマサジ,ハママツナ,フクドなどの塩生植物群落が特徴的である.このように,広島県の土地的極相は変化に富んでいるが,活火山がないので,火山植生や温泉地植生は見られない.

広島県は山地の海抜が低く,地形的に平坦で,古くから人々が奥地まで生活圏を広げて来たために,現在,植生の大部分は代償植生である.広島県で最も広い面積を占めるのは,二次林として発達したアカマツ林で,県内の森林植生の約70%に達する.アカマツ林は沿岸部に多いが,これは人口密度が高いことなどの人為的条件もあるが,降水量が少ないこと,崩れやすい花崗岩地帯(いわゆるマサ土)などの自然的条件が大きい.内陸部や海抜の高い山地では,コナラ,アベマキ,クリなどの落葉広葉樹の二次林が発達している.これは,古くから薪炭林として利用されて来た.アカマツなどのマツ属は伐採すると株元から再生しないが,落葉広葉樹は伐採しても株元からひこばえが芽生え,10~30年の周期で薪や木炭原料として利用できる.しかし,近年,このような利用形態はほとんど行われなくなってしまった.降水量が多く,水分を保つのに優れた土壌である古生層地帯の太田川水系などではスギやヒノキの植林地が発達している.瀬戸内海の沿岸部や芦田川・太田川などの沖積平野では,耕作地や居住地となり,雑草群落が顕著である.また,山麓にはモウソウチク・マダケ・ハチクなどの竹林が多い.

中国山地の特徴的な代償植生に「たたら製鉄」の影響による草原がある.中国地方は花崗岩地帯が多く,良質の砂鉄が採れるので,古くからたたら製鉄が盛んであった.県東部では道後山や吾妻山,西部では雲月山(うずつきやま)や深入山(しんにゅうざん)には,ススキ,ササ類,ヤマツツジ,タニウツギ,イヌツゲなどからなる草原と低木林が見られるが,これは製鉄用の木炭製造のためにブナ林などを伐採した跡地の代償植生である.また,鉄や木炭を運搬するために牛馬が必要で,これらの草原で牛馬が飼育されたという.向井(1982)によれば,1894(明治27)年までは,全国1位の製鉄量を誇っていた中国地方のたたら製鉄は,1923(大正12)年[広島県では1920年]ついに幕を閉じた.その後,草原への放牧と火入れは続けられたが,近年,放牧もほとんど行われなくなった.雲月山や深入山では,観光目的で火入れをして草原を維持しているが,放牧が行われていた頃に比べると,植生や植物相に変化が出始めている.

植生の分類には,植生を構成している種の組み合わせに基づく場合と,種の形態や性状に基づく場合がある.前者の場合は,一定の面積を多数調査して種のリストと生育状態(優占度という)を表にまとめて比較し,厳密に決定される.その基本的な単位を群集(association)といい,群衆は標徴種(characteristic species)によって定義される.群集は,アカマツ-クロバイ群集とかブナ-クロモジ群集というように,代表的な標徴種をつないで表現されることが多い.本書でも,種の解説でところどころ使用されている.植生を構成する種の形態や性状による分類は,比較的簡単で,常緑広葉樹林とか落葉広葉樹林などの表現がこれにあたり,基本的な単位は群系(formation)という.シイノキ群系などのように種名をつけて表現される場合もある.また,冷温帯など気候帯を頭につけることも多い.

植生の分類が未決定の場合は群落という言葉がよく使われる.ススキ群落のように種名をつけたり,水田雑草群落のように生育場所で表現することもある.森林では,植生分類が確定していない場合,モミ-ミミズバイ林のように林をつけることが多い.群落という用語は,戦前には群叢といったので,「豊浜のホルトノキ群叢」など天然記念物の名称として残っている.

ある地域で分類された植生を地図上に表現したものを植生図(vegetation map)という.広島県では,鈴木ほか(1979)によって,1: 200,000と1: 50,000の植生図が作成されている.現在の時点で,存在している植生を図示したものを現存植生図(actual vegetation map)といい,人口密度の高い地域では,ほとんど代償植生である.一方,その地域の気候的極相と土地的極相を図示したものを潜在自然植生図(potential vegetation map)といい,実際には存在しない植生が示されているが,その地域の農林業などの基礎資料として,また開発計画にも有効に利用されている.

目次

関連ページ

  1. 黎明期
  2. 明治・大正より昭和前期(1868~1945年)
  3. 戦後(1945年)~現代

本章の引用文献


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