宮島の植物について 関1998

提供: 広島大学デジタル博物館
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宮島の植物について

1998年11月9日

廿日市と宮島の植物分布

廿日市の誇るべき植物群落は極楽寺山の山頂付近に発達しているモミ自然林である(太刀掛・久藤 1994、松井 1994)。 廿日市の極楽寺山から宮島を望むと、この地質時代からの悠久の歴史が思い起こされる。極楽寺山と宮島のモミ林は、その構成要素がよく似ているが、一致しないところもある。例えば、極楽寺山のモミ林にはシロモジが多いが、この低木は宮島には分布していない。シロモジは古い分布型を示す植物で、第三紀中新世に海進や火山活動のなかった地域、すなわち秩父山地、赤石山地、紀伊半島、四国山地、西中国山地、九州山地にだけ分布している。このような分布型を襲速紀(そはやき)型分布というが、これは熊襲の襲が九州山地を、速水瀬戸(豊後水道)の速が九州と四国を、紀が紀伊半島を意味している。この凝った名前は京都帝大の教授であった小泉源一が1931年につけたものである。宮島になぜシロモジがないのか。また、逆に廿日市にそはやき型の一型であるコウヤマキがないのはなぜか。そはやき型分布のベニマンサクは、なぜ大野の一部にだけあるのか。生物の分布は実験のできない科学だけにロマンチックでもある。

島としての宮島の特性

宮島は島である。 「島とはへだたりとつながりである」と、瀬戸内海の方言の研究をされた藤原与一広島大学名誉教授が私に語られたことがあるが、 これは島の特徴をいい得た名言であると思う。 島の自然とそこに生活する人間、 そしてそこに育まれた文化は、 島に対峙する本土とへだたっていて、 しかもつながりがある。

島に対比されるのが大陸である。 宮島の場合、 "大陸"は廿日市と大野にあたる。 大陸といっても、 本州もまた島である。面白いことに、 島の面積は連続的に変化しないでギャップがある。 世界的に見ると、 オーストラリアとグリーンランドの間に面積の開きがあり、 グリーンランドより小さい陸地を島と呼んでいる。 日本では、 四国と佐渡の間にギャップがあり、 佐渡より小さいものを島、 四国より大きいものを本土として扱っている。 したがって、 廿日市は宮島に対する本土ということになる。

島の植物の特徴

島の生物には3つの原理が働いている。創始者原理、ビン首効果、ライト効果である。創始者原理とは、最初に島に到達した生物が優勢になることである。大陸から遠い距離にある島に生物が到達するには海流・気流に乗るか、鳥などに食べられたり、羽に付着して運ばれたりする場合である。小笠原諸島には、ドングリの仲間がない。これはドングリが遠距離を運ばれないためである。たとえ遠い島に到達しても、その島の厳しい環境に耐えなければならない。ちょうど細いビンの首をくぐり抜けるように、海岸に芽生えた種子は試練に耐えなければならない。何度かビン首効果を耐え得ても次ぎにライト効果という試練が待ち構えている。島は面積が小さいので、その中で生育できる個体数は限られている。個体数の小さい群で交配が行われると、近親交配を繰り返すことになり、突然変異が次世代に残りやすい。これが、ライト効果である。

これら3つの原理は、海洋島(過去の地質時代に一度も大陸と地続きになったことのない島、 ガラパゴスや小笠原など)で顕著に現れるが、大陸島(過去に大陸と地続きになった島、日本やイギリスなど)ではあまり顕著でない。しかし、宮島のように本土とわずか500メートルしか離れていない島でも、この原理は弱いながら認められる。

創始者原理によって、島には特定の生物群が欠如することがある。前述した小笠原にドングリの仲間がないこともその一例である。宮島にはコナラやアベマキなどの落葉性のドングリがない。コナラやアベマキは伐採など人為的な環境変化によって広がった樹木なので、宮島が島として分離した後に急速に伝播したためであろう。

ある一群の生物が欠如すると、島の生物の社会構造に空白ができる。これを生態的解放という。その空白を埋めるように大陸にはない生物群が侵入して来る。宮島の森林では落葉性のコナラ属がないので、それを埋めるようにクロバイ・ミミズバイ・カンザブロウノキなどハイノキ属の種が多い。

ライト効果によって突然変異が固定されやすいと、島では生物が巨大化したり矮小化したりする。ガラパゴスのゾウガメやセーシェル諸島のオオミヤシ(世界最大の種子)などは巨大化の例である。宮島では矮小化した植物が多いことは、 古くから注目されている。コバノへクソカズラやヤクシマオオバコがその例である。宮島ではシカのよく集まる環境に小形の植物が多い傾向があるので、シカの排泄物の中に矮化物質があるのかも知れない。いずれにしても、島という特別な環境がもたらしたものである。

島の自然は特殊なだけに壊れやすい。実は日本も島であることをわれわれは日頃忘れている。日本の自然を守っていくには、島の自然環境の的確な認識が必要である。「島流し」とか「島国根性」とか、とかく島のイメージは低い場合がある。しかし、同じ面積なら大陸よりも、いくつかに分割された島の方が生物の多様性ははるかに高い。まさに、日本列島がその好例である。

参考文献

  • 金井塚 務 (1998) 『宮島の植物誌 サルと歩く原始林』 6-8 東洋書店
  • 楠見 久・岡本和夫 (1975) 厳島(宮島)の地形 『厳島の自然 総合学術調査研究報告』 11-33、図版1-11 天然記念物瀰山原始林・特別名勝厳島緊急調査 委員会
  • 鈴木兵二・豊原源太郎・神野展光・福嶋 司・石橋 昇 (1975) 厳島(宮島)の森林植生 『厳島の自然 総合学 術調査研究報告』 133-151、図版28-30 天 然記念物瀰山原始林・特別名勝厳島緊急調査委員会
  • 太刀掛 優・久藤広志 (1994) 廿日市市の巨樹と社叢 『廿日市市の生物』 131-140 廿日市市教育委員会
  • 松井健一 (1994) 廿日市市の植生 『廿日市市の生物』 131-140 廿日市市教育委員会

広島市西区公民館ネットワーク事業『あきの宮島秋遊さんぽ』 (1998年11月28日)より

このページは、関の原稿をもとに坪田博美がhtml化したものです。