コケと環境

ヒートアイランド現象を抑えるには
左.乾燥したところに生えるエゾスナゴケ.よく苔庭の材料や園芸資材として使われる.
コンクリートに覆われた都市では,真夏に温度が急上昇してしまう「ヒートアイランド現象」が問題になっています.ヒートアイランド現象により都市の温度がさらに上がり,さらに冷房で大量のエネルギーが消費され,その余熱がさらに都市に排出されるという悪循環が問題になっています.

ヒートアイランド現象を抑制する方法のひとつとして,屋上緑化が注目されています.コンクリートの壁が少しでも緑に覆われれば,ヒートアイランド現象も少しは和らぐはずです.屋上緑化はさらに,建物の断熱効果を上げ,冷暖房のコストを削減する効果が大きいといわれています.東京都は2001年に,自然保護条例により,敷地面積1000平方メートル以上の民間建築物と,250平方メートル以上の公共建築物を新改築するときは,利用可能な屋上面積の2割以上を緑化することを義務づけました.新宿区や渋谷区などは区条例で緑化を促進しています.

そこで最近になって,コケ植物は,都市緑化や屋上緑化の資材に使えないかと,検討されるようになってきています.コケは,芝生などランドカバーの草や,庭木などとは違って,根がはらないので,土壌を大量に必要としません.屋上緑化の最大の問題は,土壌が重くなりすぎてしまって,ビルなどの構造を頑丈にしないとならなくなるということです.コケを使うと,土があまりいらないので,軽量化することができるということが,期待されているのです.

直射日光にさらされる屋上には,高山の岩の上などの乾燥した環境のコケなどが向いていると考えられ,これまでにいくつかの施工例がありますが,給水やメンテナンスの問題がまだ残っています.

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環境汚染のバロメーター
左.都市部の樹幹にもよく生えるヒナノハイゴケ.
右.木の幹に生える種類ではもっとも大気汚染に強いと言われるコモチイトゴケ.
コケ植物は,水や養分を運ぶ維管束が発達していません.水を吸う根もなくて,単に体を支える仮根をもっているだけです.それで,大気も水分も,植物体全体が直接とりいれます.ですから,周辺の水分や大気などの環境に敏感です.そこで,コケ植物は,大気汚染や水質汚染,酸性雨などの,公害や環境汚染の指標としても使われます.

とくに有名なのは,樹幹着生,すなわち,木の幹に生えるコケを利用した,大気汚染のモニタリングです.木の表面だと,地上以上に直接大気の影響をうけます.19世紀にNylanderが,産業革命による大気汚染とともに樹幹着生植物が衰退することを報告し,Alnordが樹幹着生の蘚苔類もまさにそのような傾向があることを報告して以来,大気汚染と樹幹着生蘚苔類の量や種類数に関係があることが実証されてきました.

大気汚染の原因は,古くは硫黄酸化物でしたが,健康にも多大な影響をもたらす硫黄酸化物の排出規制などが技術的に確立した現在では,窒素酸化物などが大気汚染の原因物質として注目されてきています.コケなどの生物を用いたモニタリングは,機械による化学的な測定とちがって,いろいろな物質の複合的な影響をモニタリングすることができます.また,学校での環境教育・環境学習への応用などができるのも利点です.

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汚染物質の除去にコケが使える?
さきほど紹介したように,コケ植物の中には,強い毒性をもつ銅イオンが多く含まれている土壌に,特異的に生える,「銅ゴケ」と呼ばれるものがあります.銅は微量でも植物の生育に対して高い毒性を持ちますから,銅を多く含むところでは,「銅ゴケ」以外の植物はほとんど生えません.しかし,銅ゴケはそのようなところには大量に生育しているので,「耐銅性」というより「好銅性」なのではないか,という議論もあります.

数ある「銅ゴケ」は,また,体内に大量の銅を蓄積しています.ホンモンジゴケの場合,銅は特に細胞質ではなく細胞壁に濃縮されて蓄積しています(Oda&Honjo 1995).細胞壁に溜め込むことで,細胞質への影響を減らしているのではないかとも考えられています.

コケ植物は,銅にかぎらず,鉛や亜鉛も蓄積するようです.耐鉛性の確認されている種もあります.また,水銀やカドミウム,ニッケル,鉄,マンガンなど,いろいろな金属を取り込み,蓄積する性質があるようです.そしてさらに,放射性ストロンチウム含量の高い土壌に生育するコケが,この元素を特異的に溜め込むという報告もあります.核爆発事故によって降下してくる放射性物質のモニタリングや,原子力発電所周辺のモニタリングに利用しようという研究(礒村ほか1993など)もあります.

さらには,そのような重金属や放射性物質を蓄積する能力を生かし,重金属や放射性物質に汚染された地域にコケをはやして,汚染物質を溜め込ませて,コケごと除去することができるのではないか,という研究もあるそうです.

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