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=ヒコビアミニレターNo. 514(2020年7月21日)=
 
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第637回ヒコビア植物観察会は,令和2(2020)年7月12日(日)に広島市南区比治山で開催され,48名の参加があった.当初の計画では,岩国市と大竹市にまたがる弥栄ダム周辺の予定であったが,マイクロバスが3密状態のため,公共交通機関で行ける所に変更した.梅雨の晴れ間で,曇り空ながら時々薄日の射す天候であった.多聞院上の駐車場に9時半集合,展望台の方へ向かって歩く.[[マテバシイ]](ブナ科)が若い果実をつけている.本種は広島県には自生がないが,市内各地に植栽されている.どんぐりに渋味がないので食用になる.[[ナナミノキ]](ナナメノキ)(モチノキ科)が多く,これは本来の自生である.「[[ナナミノキ]]は葉面のしわが特徴ですか」との質問があった.この特徴はこれまで気づかなかったが,近縁種の[[クロガネモチ]]は平滑であり,いい区別点である.林内には[[ヤダケ]](イネ科タケ亜科)が多い.竹という名があるが,笹の仲間である.竹は竹の子の皮が早く落ち,笹はいつまでも付いている.[[ヤダケ]]の節が低いので,矢をつがえて射るのに適している.[[ヤダケ]]と[[メダケ]]はよく似ているが,[[ヤダケ]]の枝は1本で,[[メダケ]]は数本である.石垣の目地にコケがきれいに生えている.井上侑哉さんの同定で,[[ハリガネゴケ]](ハリガネゴケ科セン類)と[[ハマキゴケ]](センボンゴケ科セン類)であった.石垣は花崗岩であるが,目地は石灰岩由来のセンメントで,好石灰岩性のコケがよく生えている.上記の2種もそうである.アサガオ属の花が落ちていた.久保晴盛さん(植物公園)の同定で[[ノアサガオ]][園芸上の名称は宿根アサガオ,オーシャン・ブルー]と判明した.植栽されているのか,逸出かよくわからない.展望台から旧広島大学キャンパスの[[メタセコイア]]並木が,ビルの間からかすかに見えた.[[ヨウシュヤマゴボウ]](ヤマゴボウ科)が多く,白い花が咲いていた.秋には濃紅紫色の果実が成熟する.ABCCの方へまわると[[キリ]](ノウゼンカズラ科)が若い実をつけていた.[[キリ]]は日本に自生状態もあるが,原産地はよく分からない.風散布種子で各所に逸出している.ラテン語の属名Paulowiaは,シーボルトが来日するに際し世話になったオランダ王妃アンナ・パヴロワ(1795-1865,ロシア出身)を記念したものである.キリの英語名はRoyal Paulowiaで,上品な雰囲気によくマッチしている属名である.[[トウネズミモチ]](モクセイ科)が白い花をつけている.日本の[[ネズミモチ]]に比べると,全体が大型で,葉脈が透けて見え,花期が1か月ほど遅く,果実は球形である.漢方名は女貞.東側にまわると,原爆の影響が少なく森林がよく保たれている.シダ植物が多く,[[サイゴクベニシダ]],[[ベニシダ]],[[オニヤブソテツ]]や[[トラノオシダ]]などが路肩の斜面に群生している.[[ヤブミョウガ]](ツユクサ科)の白い花がちょうど満開で美しい.「栽培種ですか?」と質問した方がいたが,完全な自生種で関東地方以西の常緑樹林に分布する.九州南部から琉球列島では,小型の変種[[コヤブミョウガ]]が分布している.晩秋に藍色をおびた黒色の果実が熟する.[[ミョウガ]]という名がついているが,ショウガ科ではなくツユクサ科で,花弁は3枚,一日花である.橋を渡って現代美術館の方へ向かう.橋へ向かう斜面に[[マツバラン]](マツバラン科)がある.原始的なシダ植物で,最初の陸上植物はこれに似たものではなかったかと推察されている.この[[マツバラン]]が比治山に本来自生していたものか,栽培からの逸出がよくわからない.橋の上から[[ハゼノキ]](ウルシ科)が間近に見える.本種は比治山をはじめ広島湾岸に多い.これは広島藩が木蝋採取のために金輪島に大量に植栽したものから拡散したものであろう.現代美術館には[[オカメザサ]](イネ科タケ亜科)が密植して植栽されている.ササと名がついているが笹ではなく竹である.ヤダケの場合とちょうど逆である.オカメザサ属は日本に1種,中国に1種がある小さな属で,マダケ属に近縁である.[[オカメザサ]]の自生地は知られていない.[[カエデドコロ]](ヤマノイモ科)があり,まだ花は咲いていない.本種の葉は互生し,花はオレンジ色,葉の付け根にとげ状の突起があり,むかごはなく,根は有毒で食用にならない.[[ヤマノイモ]]も比治山に多いが,葉が対生し,花は白色,葉の付け根に突起はなく,むかごがつき,根は無毒で食用になる.御便殿跡の広場には,[[コジイ]](ツブラジイ)(ブナ科)や[[アキニレ]](ニレ科)が植栽され,[[ソメイヨシノ]]など櫻も多く,お花見の名所となっている.ここで昼食,集合写真を撮影した後,吉野由紀夫さんと久保晴盛さんから,比治山の歴史と再整備計画について説明があった.御便殿(ごべんでん,ごびんでん)とは天皇の行在所(あんざいしょ)(休憩所)であった.日清戦争の時,広島市は臨時首都となり,帝国議会も開かれ,その時の天皇の休憩所で市の中心部にあった.戦争が終わると,議会は撤去され,御便殿は比治山に移築されて,観光名所となったが,原爆で壊滅した.広島市は比治山公園の再整備計画を進めており,植物公園もその計画の一部を担当している.午後は現代美術館の東側を通って,集合場所の駐車場まで戻った.東側の斜面に[[ヤブミョウガ]]の大きな群落がある.途中,北米原産の三葉性の松を観察する.球果(松かさ)の鱗片の棘が鋭いので,[[リギダマツ]](Pinus rigida)であろうとの垰田宏さんの同定であったが,その後,文献を調べた結果,[[テーダマツ]]の球果は円筒形で長い,鱗片の棘は鋭い:[[リギダマツ]]の球果は卵形が楕円体で短い,鱗片の棘は細長く反り返る;などの特徴から[[テーダマツ]](Pinus taeda)であるとのメールを頂いた.本種はアパラチアン山脈の東南部に分布している.午後1時半頃に解散した.
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第637回ヒコビア植物観察会は,令和2(2020)年7月12日(日)に広島市南区比治山で開催され,48名の参加があった.当初の計画では,岩国市と大竹市にまたがる弥栄ダム周辺の予定であったが,マイクロバスが3密状態のため,公共交通機関で行ける所に変更した.梅雨の晴れ間で,曇り空ながら時々薄日の射す天候であった.多聞院上の駐車場に9時半集合,展望台の方へ向かって歩く.[[マテバシイ]](ブナ科)が若い果実をつけている.本種は広島県には自生がないが,市内各地に植栽されている.どんぐりに渋味がないので食用になる.[[ナナミノキ]](ナナメノキ)(モチノキ科)が多く,これは本来の自生である.「[[ナナミノキ]]は葉面のしわが特徴ですか」との質問があった.この特徴はこれまで気づかなかったが,近縁種の[[クロガネモチ]]は平滑であり,いい区別点である.林内には[[ヤダケ]](イネ科タケ亜科)が多い.竹という名があるが,笹の仲間である.竹は竹の子の皮が早く落ち,笹はいつまでも付いている.[[ヤダケ]]の節が低いので,矢をつがえて射るのに適している.[[ヤダケ]]と[[メダケ]]はよく似ているが,[[ヤダケ]]の枝は1本で,[[メダケ]]は数本である.石垣の目地にコケがきれいに生えている.井上侑哉さんの同定で,[[ハリガネゴケ]](ハリガネゴケ科セン類)と[[ハマキゴケ]](センボンゴケ科セン類)であった.石垣は花崗岩であるが,目地は石灰岩由来のセンメントで,好石灰岩性のコケがよく生えている.上記の2種もそうである.アサガオ属の花が落ちていた.久保晴盛さん(植物公園)の同定で[[ノアサガオ]][園芸上の名称は宿根アサガオ,オーシャン・ブルー]と判明した.植栽されているのか,逸出かよくわからない.展望台から旧広島大学キャンパスの[[メタセコイア]]並木が,ビルの間からかすかに見えた.[[ヨウシュヤマゴボウ]](ヤマゴボウ科)が多く,白い花が咲いていた.秋には濃紅紫色の果実が成熟する.ABCCの方へまわると[[キリ]](ノウゼンカズラ科)が若い実をつけていた.[[キリ]]は日本に自生状態もあるが,原産地はよく分からない.風散布種子で各所に逸出している.ラテン語の属名Paulowiaは,シーボルトが来日するに際し世話になったオランダ王妃アンナ・パヴロワ(1795-1865,ロシア出身)を記念したものである.キリの英語名はRoyal Paulowiaで,上品な雰囲気によくマッチしている属名である.[[トウネズミモチ]](モクセイ科)が白い花をつけている.日本の[[ネズミモチ]]に比べると,全体が大型で,葉脈が透けて見え,花期が1か月ほど遅く,果実は球形である.漢方名は女貞.東側にまわると,原爆の影響が少なく森林がよく保たれている.シダ植物が多く,[[サイゴクベニシダ]],[[ベニシダ]],[[オニヤブソテツ]]や[[トラノオシダ]]などが路肩の斜面に群生している.[[ヤブミョウガ]](ツユクサ科)の白い花がちょうど満開で美しい.「栽培種ですか?」と質問した方がいたが,完全な自生種で関東地方以西の常緑樹林に分布する.九州南部から琉球列島では,小型の変種[[コヤブミョウガ]]が分布している.晩秋に藍色をおびた黒色の果実が熟する.[[ミョウガ]]という名がついているが,ショウガ科ではなくツユクサ科で,花弁は3枚,一日花である.橋を渡って現代美術館の方へ向かう.橋へ向かう斜面に[[マツバラン]](マツバラン科)がある.原始的なシダ植物で,最初の陸上植物はこれに似たものではなかったかと推察されている.この[[マツバラン]]が比治山に本来自生していたものか,栽培からの逸出がよくわからない.橋の上から[[ハゼノキ]](ウルシ科)が間近に見える.本種は比治山をはじめ広島湾岸に多い.これは広島藩が木蝋採取のために金輪島に大量に植栽したものから拡散したものであろう.現代美術館には[[オカメザサ]](イネ科タケ亜科)が密植して植栽されている.ササと名がついているが笹ではなく竹である.ヤダケの場合とちょうど逆である.オカメザサ属は日本に1種,中国に1種がある小さな属で,マダケ属に近縁である.[[オカメザサ]]の自生地は知られていない.[[カエデドコロ]](ヤマノイモ科)があり,まだ花は咲いていない.本種の葉は互生し,花はオレンジ色,葉の付け根にとげ状の突起があり,むかごはなく,根は有毒で食用にならない.[[ヤマノイモ]]も比治山に多いが,葉が対生し,花は白色,葉の付け根に突起はなく,むかごがつき,根は無毒で食用になる.御便殿跡の広場には,[[コジイ]](ツブラジイ)(ブナ科)や[[アキニレ]](ニレ科)が植栽され,[[ソメイヨシノ]]など櫻も多く,お花見の名所となっている.ここで昼食,集合写真を撮影した後,吉野由紀夫さんと久保晴盛さんから,比治山の歴史と再整備計画について説明があった.御便殿(ごべんでん,ごびんでん)とは天皇の行在所(あんざいしょ)(休憩所)であった.日清戦争の時,広島市は臨時首都となり,帝国議会も開かれ,その時の天皇の休憩所で市の中心部にあった.戦争が終わると,議会は撤去され,御便殿は比治山に移築されて,観光名所となったが,原爆で壊滅した.広島市は比治山公園の再整備計画を進めている.午後は現代美術館の東側を通って,集合場所の駐車場まで戻った.東側の斜面に[[ヤブミョウガ]]の大きな群落がある.途中,北米原産の三葉性の松を観察する.球果(松かさ)の鱗片の棘が鋭いので,[[リギダマツ]](Pinus rigida)であろうとの垰田宏さんの同定であったが,その後,文献を調べた結果,[[テーダマツ]]の球果は円筒形で長い,鱗片の棘は鋭い:[[リギダマツ]]の球果は卵形が楕円体で短い,鱗片の棘は細長く反り返る;などの特徴から[[テーダマツ]](Pinus taeda)であるとのメールを頂いた.本種はアパラチアン山脈の東南部に分布している.午後1時半頃に解散した.
  
 
<div style="text-align:right">(T. Seki 記)</div>
 
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※本文中「広島市は比治山公園の再整備計画を進めており,植物公園もその計画の一部を担当している.」としておりましたが,間違いでした.訂正いたします.
  
 
==引用文献==
 
==引用文献==

2020年9月17日 (木) 14:42時点における最新版

ヒコビアミニレターNo. 514(2020年7月21日)

第637回ヒコビア植物観察会は,令和2(2020)年7月12日(日)に広島市南区比治山で開催され,48名の参加があった.当初の計画では,岩国市と大竹市にまたがる弥栄ダム周辺の予定であったが,マイクロバスが3密状態のため,公共交通機関で行ける所に変更した.梅雨の晴れ間で,曇り空ながら時々薄日の射す天候であった.多聞院上の駐車場に9時半集合,展望台の方へ向かって歩く.マテバシイ(ブナ科)が若い果実をつけている.本種は広島県には自生がないが,市内各地に植栽されている.どんぐりに渋味がないので食用になる.ナナミノキ(ナナメノキ)(モチノキ科)が多く,これは本来の自生である.「ナナミノキは葉面のしわが特徴ですか」との質問があった.この特徴はこれまで気づかなかったが,近縁種のクロガネモチは平滑であり,いい区別点である.林内にはヤダケ(イネ科タケ亜科)が多い.竹という名があるが,笹の仲間である.竹は竹の子の皮が早く落ち,笹はいつまでも付いている.ヤダケの節が低いので,矢をつがえて射るのに適している.ヤダケメダケはよく似ているが,ヤダケの枝は1本で,メダケは数本である.石垣の目地にコケがきれいに生えている.井上侑哉さんの同定で,ハリガネゴケ(ハリガネゴケ科セン類)とハマキゴケ(センボンゴケ科セン類)であった.石垣は花崗岩であるが,目地は石灰岩由来のセンメントで,好石灰岩性のコケがよく生えている.上記の2種もそうである.アサガオ属の花が落ちていた.久保晴盛さん(植物公園)の同定でノアサガオ[園芸上の名称は宿根アサガオ,オーシャン・ブルー]と判明した.植栽されているのか,逸出かよくわからない.展望台から旧広島大学キャンパスのメタセコイア並木が,ビルの間からかすかに見えた.ヨウシュヤマゴボウ(ヤマゴボウ科)が多く,白い花が咲いていた.秋には濃紅紫色の果実が成熟する.ABCCの方へまわるとキリ(ノウゼンカズラ科)が若い実をつけていた.キリは日本に自生状態もあるが,原産地はよく分からない.風散布種子で各所に逸出している.ラテン語の属名Paulowiaは,シーボルトが来日するに際し世話になったオランダ王妃アンナ・パヴロワ(1795-1865,ロシア出身)を記念したものである.キリの英語名はRoyal Paulowiaで,上品な雰囲気によくマッチしている属名である.トウネズミモチ(モクセイ科)が白い花をつけている.日本のネズミモチに比べると,全体が大型で,葉脈が透けて見え,花期が1か月ほど遅く,果実は球形である.漢方名は女貞.東側にまわると,原爆の影響が少なく森林がよく保たれている.シダ植物が多く,サイゴクベニシダベニシダオニヤブソテツトラノオシダなどが路肩の斜面に群生している.ヤブミョウガ(ツユクサ科)の白い花がちょうど満開で美しい.「栽培種ですか?」と質問した方がいたが,完全な自生種で関東地方以西の常緑樹林に分布する.九州南部から琉球列島では,小型の変種コヤブミョウガが分布している.晩秋に藍色をおびた黒色の果実が熟する.ミョウガという名がついているが,ショウガ科ではなくツユクサ科で,花弁は3枚,一日花である.橋を渡って現代美術館の方へ向かう.橋へ向かう斜面にマツバラン(マツバラン科)がある.原始的なシダ植物で,最初の陸上植物はこれに似たものではなかったかと推察されている.このマツバランが比治山に本来自生していたものか,栽培からの逸出がよくわからない.橋の上からハゼノキ(ウルシ科)が間近に見える.本種は比治山をはじめ広島湾岸に多い.これは広島藩が木蝋採取のために金輪島に大量に植栽したものから拡散したものであろう.現代美術館にはオカメザサ(イネ科タケ亜科)が密植して植栽されている.ササと名がついているが笹ではなく竹である.ヤダケの場合とちょうど逆である.オカメザサ属は日本に1種,中国に1種がある小さな属で,マダケ属に近縁である.オカメザサの自生地は知られていない.カエデドコロ(ヤマノイモ科)があり,まだ花は咲いていない.本種の葉は互生し,花はオレンジ色,葉の付け根にとげ状の突起があり,むかごはなく,根は有毒で食用にならない.ヤマノイモも比治山に多いが,葉が対生し,花は白色,葉の付け根に突起はなく,むかごがつき,根は無毒で食用になる.御便殿跡の広場には,コジイ(ツブラジイ)(ブナ科)やアキニレ(ニレ科)が植栽され,ソメイヨシノなど櫻も多く,お花見の名所となっている.ここで昼食,集合写真を撮影した後,吉野由紀夫さんと久保晴盛さんから,比治山の歴史と再整備計画について説明があった.御便殿(ごべんでん,ごびんでん)とは天皇の行在所(あんざいしょ)(休憩所)であった.日清戦争の時,広島市は臨時首都となり,帝国議会も開かれ,その時の天皇の休憩所で市の中心部にあった.戦争が終わると,議会は撤去され,御便殿は比治山に移築されて,観光名所となったが,原爆で壊滅した.広島市は比治山公園の再整備計画を進めている.午後は現代美術館の東側を通って,集合場所の駐車場まで戻った.東側の斜面にヤブミョウガの大きな群落がある.途中,北米原産の三葉性の松を観察する.球果(松かさ)の鱗片の棘が鋭いので,リギダマツ(Pinus rigida)であろうとの垰田宏さんの同定であったが,その後,文献を調べた結果,テーダマツの球果は円筒形で長い,鱗片の棘は鋭い:リギダマツの球果は卵形が楕円体で短い,鱗片の棘は細長く反り返る;などの特徴からテーダマツ(Pinus taeda)であるとのメールを頂いた.本種はアパラチアン山脈の東南部に分布している.午後1時半頃に解散した.

(T. Seki 記)

※本文中「広島市は比治山公園の再整備計画を進めており,植物公園もその計画の一部を担当している.」としておりましたが,間違いでした.訂正いたします.

引用文献

久保晴盛・坪田博美・武内一恵・上村恭子・山下容富子・吉野由紀夫. 2011. 広島県の帰化植物2.シャグマハギ. 宮島自然植物実験所ニュースレター 19: 3-4.


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