植物観察会/KansatsukaiPageMiniLetter519

提供: 広島大学デジタル博物館
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ヒコビアミニレター No. 519(2020年12月10日)

 2020年12月5日(土)の第642回植物観察会は,2020年度第24回ヒコビアセミナ-を兼ねて,勉強会として「Zoomミーティング」を用いたオンライン形式で行われた.参加者は34名.天気ははれ.13時開場,13時30分からヒコビア会の山口会長の挨拶の後,セミナ-を開始した.発表は5題あり,前半は「Taxonomic revision of genus Marchantia L. in Japan.」(鄭 天雄),「Effects of logging and land use changes on the lowland tropical rain forest in Malaysia」(奥田敏統),「著書『〈正義〉の生物学 トキやパンダを絶滅から守るべきか』について」(山田俊弘)について発表があった.10分間の休憩をはさんで,「堀川式三面分布図の現代版を支えるデータベース」(垰田 宏),「宮島自然植物実験所に保管されている貴重な維管束植物標本」・「ヤッコソウを訪ねて」(いずれも,関 太郎)について発表があった.セミナ-としては16時50分ころ終了したが,その後オンライン上で歓談した.

(H. Tsubota, S. Uchida & Y. Inoue 記)

要旨

Taxonomic revision of genus Marchantia L. in Japan

Tian-Xiong Zheng (Laboratory of Plant Taxonomy and Ecology Hiroshima University)

Effects of logging on the lowland tropical rain forest in Peninsular Malaysia

Toshinori Okuda (Graduate School of Integrated Sciences for Life, Hiroshima University), co-authored with; Toshiro Yamada, Tetsuro Hosaka, Masahiro Miyasaku, Mazlan Hashim, Alvin Lau Meng Shin, Saw Leng Guan, Ken Shima, Toshihiro Yamada, Kaoru Niiyama, Yoshiko Kosugi, Tsuyoshi Yoneda, Eng Seng Quah

Recent rapid increases in ambient CO2 are largely attributed to deforestation in tropics. However, the carbon emissions from terrestrial ecosystem are mostly based on the area-wise statistics of “forest land” which is defined as an area with minimum crown coverage >10%, while extensive biomass (more than 50%) has been removed through “forest degradation” processes resulted from the over-harvesting in legitimated logging regime or illegal logging. Therefore, if the carbon losses accompanied by the forest degradation had been added on the forest statistics, actual carbon losses and emissions could have been larger than those were reported. Therefore, recovery process accompanied after forest degradation needs to be thoroughly monitored and reviewed in order to evaluate long term NET carbon losses.

In these respects and backgrounds, we studied biomass and canopy structural changes in a lowland tropical rain forest in the Pasoh Forest Reserve (PFR) of Peninsular Malaysia after selective logging in 1950s, and found that total aboveground biomass (AGB) has not fully recovered yet to the level observed in a primary forest plot within PFR. On this site, we also conducted canopy height mapping using an airborne light detection (LiDAR) in 2003 and 2011, and found that the average canopy height in the logged forest was still lower than that in the primary forest. The coefficient of variation of canopy height was also lower in the logged forest plot, suggesting that the highly heterogeneous features in canopy surface height commonly seen in the pristine old growth forest, known as typical features tropical rain forest, has not fully recovered yet. These studies suggest delay of recovery process, not only in AGB but in forest structures will possibly result in underestimate of the carbon emission from forest sectors, and “forest degradation” needs to be thoroughly studied and should be incorporated properly into the climate mitigation measures.

<正義>の生物学―生物多様性を保全する理由―

山田俊弘(広島大学大学院統合生命科学研究科)

演者は、2007年から広島大学で担当してきた講義、「保全生物学」の中で、多くの生き物が絶滅しかけている。私たちは彼らを絶滅から守るべきだろうか?それとも特別なことをする必要などないのだろうか? どちらかを理由とともに選べ。という問いを学生に投げかけ、学生とともにその答えを模索してきた。そして、探し当てた問いへの(ひとつの)解答を2020年、『<正義>の生物学 トキやパンダを絶滅から守るべきか』にまとめ、上梓した。

演者がたどり着いた答えは、生物多様性の保全は必要であり、その理由は、(1)生き物の恵み(特に供給サービス)を得るため、(2)生き物の恵み(特に基盤サービス)を得るため、(3)それが正しい行いだから、という3つだった。『<正義>の生物学』では、これら3つについて解説したが、3つの理由のそれぞれがとても大きなテーマなため、本シンポジウムですべてを紹介することができない。そこで本シンポジウムでは、3つ目の理由である、「それが正しい行いだから」に注目し、この考えを紹介したい。

生物多様性の保全が正しい行いだと考える立場は、命の重さを尊重する。ここでいう命にはヒトのものだけでなく、すべての種のものが含まれる。ヒトの命は当たり前に大切なものである。対してヒト以外の命は、ヒトの 命ほどの重みはないと考えられがちである。本発表ではまず、ヒトとそれ以外の種の命の重みに差があるかどうかを考えてみたい。そして、その考察の上、これからのヒトがもつべく思考態度について議論したい。

堀川式三面分布図の現代版を支えるデータベース

垰田宏

2016年度第19回ヒコビアセミナー(10月20日)の余興として、「植生データベースと三面分布図の作成ソフトについての講習会」を行った。その後、より多くのデータが蓄積され、関連するアプリケーションも改善されている。昨年より、森林総合研究所の「植物社会学ルルベデータベースに基づく植物分布図(PRDBマップ)」の公開が始まったので、改めて紹介する。

堀川式三面分布図(Horikawa, 1963 & 1972)(20kmメッシュ)を越える分布図は未だに存在しない。同時期に始まり、国際プロジェクトとなった Atlas Florae Europaeae (AFE) — Distribution of Vascular Plants in Europe(10kmメッシュ)が比較対象となるが垂直分布が無い。PRDBマップでは、堀川マップの目標であった10kmメッシュの三面図を実現している。
堀川分布図の作成アルゴリズムはデジタル化に適したものであるが、当時はコンピュータが使用できる環境ではなく、すべて人力によるアナログ手法であった。

  • 1.現地観察で、5万分の1地形図の1/4区画、標高100m毎に出現種を記録(堀川ノート)。 ひとつの位置情報:多数の植物名 (植生調査データ、地域フロラ調査)
  • 2.堀川ノートから、種別の図書カードに位置を転記する。 ひとつの植物:多数の位置情報 (分類モノグラフのSpecimen examined リスト)
  • 3.カード情報から分布図にドットを書き込む。定性的な位置情報を空間位置に変換、地図上に表現(地図投影法)

以上の手順は、テキストデータさえあれば、自動化できる。

植生調査票、フロラ調査野帳、標本台帳の位置情報に「拡張メッシュコード」を添付しておく。
Extended Grid Square Code = JIS X 0410:2002地域メッシュコード .標高/100の整数値
例:東広島市鏡山二丁目の鏡山の山頂部 51324588.03(基準メッシュ表現)

「2016年度第19回ヒコビアセミナーの余興」から進歩したことがら、作図アプリの改善: ランベルト円錐図法による全国図の作図が可能になった。メルカトール図法による地方図・全国図に背景色を可能にした。
国土地理院の「地理院地図(電子国土Web)」上に、地域メッシュとコードの表示が可能になった。

滋賀県のコケ植物フロラ、RDの調査は主に広島在住の垰田と滋賀在住の笠井が担当している。年次報告書の作成にあたっては、それぞれの「標本台帳」(MS Excel)の当年分を寄せ、学名でソートすることによって、分類単位ごとのデータベースを作成している。さらに、拡張メッシュコードのリストを抜き出し、分布図に描く作業は1件当たり数秒で行える。

別添:Media:標本ラベル_フロラ_植生データの収集方法2020.pdf

宮島自然植物実験所に保管されている貴重な維管束植物標本

関太郎

宮島実験所に保管されている主要な維管束植物の標本は、1)宮島の植物、関ほか(1975)に引用されたもの:その他。2)戦前の広島文理科大学の標本、あまり多くない、広島県内が主である。3)広島県フロラ資料 竹田孝雄(シダ・ササ)・松村雅文(シダ)・桑田健吾(灰塚ダム)・藤井茂美(福山市)・河毛周夫(広島県東部)・水谷善弥(戦前の広島県)。藤井茂美先生の標本について説明をしておきたい。藤井先生は石灰岩地や塩生植物の植生を研究され、広島大学学校教育学部福山分校主事を務められた。『広島県植物誌』(1997)の編さんに当たり、広島県東部の資料が少ないため、協力をお願いしたところ、多数の資料を提供されたが、資料のみで標本の提供はなかった。先生の没後、標本は宮島実験所に寄贈されたが、おそらく5千点を越えると思われる。ほとんど全部、台紙に貼られ、ラベルがつけられて、同定もされ、標本番号もついている。標本もきれいで、虫害も少ない。標本の大部分は亀田芳子氏との共同採集で、コナラなど普通種も多く、貴重である。『広島県植物誌』との照合を上村恭子さんの協力を得て始めたが、同定の誤りが散見された。とくにアラカシがウラジロガシであったり、ノイバラがテリハノイバラであったり普通種に誤りが多かった。これは亀田さんの同定のためではないかと思われる。植物誌との照合作業は手間がかかり、現在は中断している。照合作業の人数を増やして、ぜひ、続行したい。今回の発表では、藤井コレクションについては触れない。

4)外国産の標本 鈴木兵二(ドイツ)・安藤久次(フランス)・関太郎(チリ・フィンランド・ケニア)・Degenar(ハワイ・アゾレス・カナリー諸島)。今回はDegener博士の標本を紹介する。5)土井美夫コレクション 土井美夫氏は尾道市の出身で、1924年、広島高等師範学校を卒業、鹿児島県立伊集院中学校に奉職された。ここでの教え子が、後に鹿児島大学教授になった新敏夫氏である。土井氏は蘚苔類も研究され、櫻井久一博士によっていくつかの新種も発表されている。1941年に広島に帰り,1975年、鈴ヶ峰女子高校を最後に退職された。土井コレクションは2つあり、一つは鈴ヶ峰女子高にあったもので、キャビネットに収められ、キク科からシダ類までの代表的な分類別と広島県の代表的な地域のフロラ別の2部に分かれている。当時、鈴ヶ峰女子高の生物教諭であった中西光子氏のお世話でキャビネットごと宮島実験所に寄贈された。もうひとつは土井氏の自宅にあったもので、新聞紙に挟んだままのものが多いが、内容は貴重なものが多い。今回はこの中から、明治時代の奄美諸島の標本と台湾の標本、土井氏自身の採集になる屋久島のシダ類標本を紹介する。土井氏はカワゴケソウ科の研究でも有名であったが、新敏夫教授がその研究を引き継いだので、土井コレクションの中にはカワゴケソウ科の標本はない。土井コレクションは宮島実験所にある第一級の貴重な標本である。

その他、6)三原市・東広島市のフロラ資料 (久井の岩海・広島大キャンパスなど)。宮島実験所には維管束植物の標本がどんどん増えつつあり、本格的な標本庫の設置がつよく望まれる。

ヤッコソウを訪ねて

関太郎

NHK文化センター広島教室の「野山の植物探訪」で、2020年11月19~20日に高知県室戸市へ、ヤッコソウの観察に行った。ヤッコソウ[Mitrastemon yamamotoi Makino]は明治40年(1907)に高知県幡多郡足摺岬に近い加久見で、山本一氏[高知師範学校教諭・愛媛県出身]によって発見された。初め、キノコと思われたので、ちょうど高知県に来県中の菌類専門家である草野俊介博士に渡された。草野博士は高等植物であると同定し、牧野富太郎博士に手渡した。牧野博士により新属新種として発表された。雄しべがカトリックの司教が被る僧帽状の内面にあり、ひっぱると外れる特徴がある。属名はMitra(僧帽状の)+stemon(雄しべ)と名付けられ、種小名は発見者の山本氏を記念している。

今回訪れたのは、室戸岬に近い金剛頂寺(こんごうちょうじ)四国八十八か所第26番と室戸岬灯台の近くにある最御崎寺(ほつみさきじ)第24番である。原始林というほどではないが、よく保存されたシイ林のシイの大木の根に寄生している。ヤッコソウは、よく、ツチトリモチ(Balanophora japonica Makino)と比較されるが、ツチトリモチは多数の花が集合した花穂であり、ヤッコソウは1個の花である。ヤッコソウの植物体は細い線状で、シイノキの根の中を這っている。一方、ツチトリモチは宿主(クロキ属)と組織がキメラ状に融合した塊を形成し、そこから植物体が出て来る。牧野博士はヤッコソウ科[Mitrastemonaceae]を提唱したが、賛同する人が少なく、形態からラフレシア科(Rafflesiaceae)に置かれていた。近年の分子系統解析では、所属不明という説も出たが、ラフレシア科とは異なり、ヤッコソウ科が認められた。Rose et al(2018)はヤッコソウ科がツツジ目(Ericales)のサガリバナ科(Lecythidiaceae)と姉妹関係にあるという説を出し、注目されている。

ヤッコソウは、日本で発見されてから、台湾・ニューギニア・マレーシアなどでも発見され、別種として数種が報告されたが、近年、ヤッコソウにまとめられた。1947年にメキシコで日系二世の植物学者Eiji Matsuda博士によりMitrastemon matsudaeが発見された。現在では、ヤッコソウ科は1属2種である。

ヤッコソウの苞[花の下にあり、葉のように見える]の間には蜜が溜まっている。指で舐めても、かなり甘い。今回、尿糖試験紙を持参して測定したところ、もっとも濃度の高いところより、さらに濃い色になった。この反応は還元糖を示すので、ブドウ糖か果糖かは判別できない。Wikipediaによれば、昼間は社会性のハチ[多分ミツバチ]、夜間はコオロギやゴキブリが訪れて花粉を運ぶという。奄美大島の方言では、ヤッコソウを「はなしいの乳」といい、「はなしい」とはメジロであるという。小鳥も花粉を運ぶであろうか。

ヤッコソウの分布図は発表されていない。徳島・高知・宮崎・熊本・鹿児島・沖縄県に知られている。また、環境省の絶滅危惧種にも指定されていない。高知県では県の天然記念物に指定されている。

ヤッコソウ科は日本で発見された唯一の科であり、世界的に見ても興味深い植物である。

参考

山田俊弘(Zoomのチャットより)


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