広島県の植物相の特徴

提供: 広島大学デジタル博物館
ナビゲーションに移動検索に移動

広島大学 > デジタル自然史博物館 > メインページ > 郷土の植物 > 広島県の植物相と植生 > 広島県の植物相の特徴 | 広島県植物誌 / 広島県植物誌補遺

広島県の植物相の特徴広島大学理学部附属宮島自然植物実験所・比婆科学教育振興会 1997

広島県で,現在,分布が確認された種子植物の“種数”(亜種,変種も1種と数え,品種は数えない)は表1に示されている.それらを,さらに,植林(植栽),帰化(逸出)に区分した.

表1 本書に記載された広島県の種子植物“種数”
自生 植林(植栽) 帰化(逸出) 合計
裸子植物 18 4 4 26
被子植物  
  双子葉類      
    離弁花類 787 2 164 953
    合弁花類 479 3 96 578
  単子葉類 577 0 72 649
合計 1861 9 336 2206

本書では,広島県内の植物分布の記述にあたって,厳密な地形学上の区分ではなく,植物の分布と地形から,海抜700 m以上を中国山地,400~700 mの内陸部の平坦面を吉備高原面(地形学での世羅台地を含む),400 m以下の瀬戸内海斜面を沿岸部,瀬戸内海の島々を島嶼部と区分した(図1).これは,海抜700~900 mがシデ林などの上部中間温帯林,900 m以上がブナ林などの冷温帯落葉広葉樹林,400~700 mがシラカシ林やモミ・ツガ林などの下部中間温帯林,400 m以下がシイノキ林などの暖温帯常緑広葉樹林の領域であることに対応している.

この地域区分にしたがって,広島県の植物相の特徴は6項目にまとめられる.これはカラーグラビアの配列に対応している.1) 瀬戸内面(沿岸部から島嶼部)の植物:南方系,汽水域,塩生植物,海岸植物,池沼の水草など.2) 吉備高原面の植物:石灰岩地帯,湿原,カザグルマ,イカリソウ属などの特記植物など.3) 中国山地の植物:ブナ林域,草原,渓谷,湿原など.4) 春植物:フクジュソウ,サクラソウなど.5) 大陸系の植物:キビヒトリシズカ,オオヤマレンゲなど.6) 特記すべき植物:コウヤマキ,キレンゲショウマ,ササ類,テングシデ,チュウゴクボダイジュなど.

1) 瀬戸内面の植物

宮島は厳島(いつくしま)ともいい広島湾の西部に位置し,面積は30.2 km2,全島が瀬戸内海国立公園特別地域になっている.宮島の最高峰は弥山(みせん)(529.8 m)で,その北斜面に国指定の天然記念物特別保護区「彌山(みせん)原始林」がある.堀川(1942)は宮島を「日本の縮図の観がある」といっているが,海中から山頂まで自然がよく保たれて,代表的な植物群落がそろっている.1913(大正2)年に宮島を訪れたドイツのエングラー(A. Engler)の強いすすめもあって,1926(昭和元)年,三好学が弥山原始林を天然記念物に指定するように進言し,1928(昭和3)年に指定された.指定区域以外にも自然度の高い森林があって,海抜5 mそこそこの大元公園のモミ-ミミズバイ林などは,ほとんど原始林といってもいい植生であり,海岸から山頂まで連続した自然植生が見られる.弥山原始林はツガ林とアカガシ,ウラジロガシ,ツクバネガシ,ヤブツバキ,クロバイ,シキミ,シロダモなどの常緑樹を多くともなったアカマツ林から構成され,西南日本の暖帯から中間帯を代表する森林で,瀬戸内海の島の極相林として貴重である.

広島県の沿岸部や島嶼部には,南方系植物の分布北限に近いものとして,シダ植物ではマツバラン,コウラボシ,クルマシダ,ヒメハシゴシダ,ヒメミゾシダなど,種子植物でヤマモガシ,フウトウカズラ,ホウロクイチゴ,イワタイゲキ,モロコシソウ,ミミズバイ,ホウライカズラ,カギカズラ,ルリミノキ,コケセンボンギクなどが挙げられる.また,人為的に導入された疑いがあるが,ツチトリモチも分布しており,毎年,開花している.広島県からは,熱帯系の腐生植物であるホンゴウソウとウエマツソウも知られ,とくに500~700 mという海抜の高い地域に分布していることは,他県の生育地と比較して興味がある.同様に,奈良県や山口県では低地に分布しているツルマンリョウが,広島県では海抜400 mの地域に生育しているのも特記すべきである.

県西部の沿岸部から島嶼部にはヤマツツジの変種であるヒメヤマツツジが分布している.Yamazaki(1996)によれば,本変種は広島県西部と山口県東部に知られ,分布範囲は狭い.サンヨウアオイも同じような分布型を示している.

瀬戸内海は干満の差が大きく,広島湾では4 mくらいある.また,波が穏やかで,海水の浸入する入江や干潟が形成されやすい.このような環境には,一日に一度は満潮時に海水に浸る塩生植物群落や,海水と淡水の入り交じる汽水に生育する水生植物が生育している.しかし,このような海岸地形は,戦前には塩田,戦後は工業地帯として開発され,瀬戸内海沿岸から急速に消滅した.それでも,広島県内にはわずかながら塩生植物群落や汽水植物群落が残っている.中でも,広島市の太田川放水路のハマサジ,ハママツナ,フクド,シオクグなどの塩生植物群落は,県庁所在地の市街地に位置する貴重なものである.また,カワツルモ,イトクズモ,ヒトモトススキ,コウキヤガラ,アイアシなどが汽水域に生育しているが,いずれも危険な状態である.

沿岸部の水生植物としては,福山市のオニバス,タコノアシなどが貴重である.海岸植物では,砂浜にハマゴウ,ハマヒルガオ,ハマエンドウなどが広く見られたが,護岸工事などのために激減した.ハマビシ,ハマウド,イワタイゲキ,ツメレンゲなどは広島県の海岸植物としては分布地が限られ,個体数も少ない.とくに,ツメレンゲは福山市仙酔島が基準産地で,海岸の岩場に生育する.内陸部にも分布し,カラーグラビアの写真は内陸部の型である.

2) 吉備高原面の植物

県東部の比婆郡東城町,神石郡神石町及び油木町にまたがる帝釈峡や福山市の山野峡,猿鳴峡は石灰岩地帯で多くの興味深い植物が分布している.石灰岩峰や岩壁にはイワシデ,イワツクバネウツギ,イブキ,ヤマトレンギョウ,キビノクロウメモドキ,チョウジガマズミ,チョウセンヒメツゲ,トリガタハンショウヅル,ケキンモウワラビ,クモノスシダ,イチョウシダなど,渓谷にはケグワ,ケヤキ,タイシャクイタヤ,シロヤマブキ,ケスハマソウ,イブキスミレ,ミドリヨウラク,カタクリ,キバナノアマナなどで,これらの中には後述する大陸系のものも少なくない.石灰岩植物といわれていたヤマトレンギョウ,ケグワなどが,広島県では,安山岩や流紋岩地帯にも生育していることは注目される.

吉備高原面には湿地や池沼が多く,貴重種の宝庫である.池沼には,コウホネ属が多様に分化し,サイジョウコウホネ,ベニオグラコウホネなど新変種が広島県から記載され,コウホネ,オグラコウホネ,ヒメコウホネなど個体数も多い.そのほか,池沼や湿原にはシダ植物のミズニラ,シナミズニラ,種子植物のヤマトミクリ,コタヌキモ,ヤマトホシクサ,オグラセンノウ,ミカワシオガマ,ヤチシャジン,ミコシギク,サギソウ,トキソウなど貴重種が分布している.これらの湿原はゴルフ場,牧場の開発,道路建設などによって,広島県内では危機的な状況にある.また,農村地帯の過疎化によって,草刈や放牧がなされなくなり,植生の遷移が進行して消滅した貴重種も多い.ヒゴタイ,オグラセンノウなどはその例である.

吉備高原面には,全国的に見ても貴重な存在であるカザグルマ,エヒメアヤメ,フキヤミツバ,ヒカゲスミレ,ヒゴタイ,ワニグチソウ,ワダソウ,マンシュウボダイジュなどが点在し,場所によっては個体数の多い所もある.これらの植物の多くは,平凡なアカマツ林などに生育し,その保全はむつかしい.クマガイソウも吉備高原面から島嶼部まで点在していたが,山草マニアによる乱獲や植生の遷移などで激減した.

イカリソウ属が三次盆地を中心として,多様な種分化を起こしつつある.日本海側から入って来たトキワイカリソウ,県西部に分布するコイカリソウ,県東部に分布するオオバイカイカリソウなどが交雑して,スズフリイカリソウといわれる雑種群を形成している.これは,ごく近い過去に何らかの隔離機構(イカリソウ属の種の分布が交じらないようにする仕組み)があったが,それが消失したのではないかと思われる.その隔離機構とは,多雪気候,河川の流路,湖水などが推定される.その消失の原因としては,気候温暖化,三瓶火山の噴出による江の川の流路変更,人類の活動による森林の伐採など,いずれも推測の域を出ないが,興味ある問題である.

3) 中国山地の植物

広島県の高い山としては,西中国山地に恐羅漢山(1346 m),冠山(1339 m),十方山(1318 m)など,県東部には比婆山(立烏帽子山)(1299 m),猿政山(1267 m),道後山(1268 m)などがあるが,いずれも亜高山帯には達せず,シラベ,トウヒ,コメツガなどの亜高山帯針葉樹は分布していない.しかし,シダ植物のシラネワラビ,シノブカグマ,種子植物のマイヅルソウ,サラサドウダン,シラタマノキ,イチヨウラン,蘚類のクロゴケ,ウロコミズゴケ,苔類テガタゴケなど,亜高山帯の要素が分布している.これら中国山地の高所には日本海側の多雪地帯の要素であるサンカヨウ,ダイセンキスミレ,ヒトツバヨモギ,ウラジロハナヒリノキ,ナンゴククガイソウ,ヒメザゼンソウ,イヌドウナなどが分布し,ほぼ,南限にあたる.四国や近畿の高山と共通するイヨフウロ(シコクフウロ)や朝鮮半島から分布しているタンナトリカブトも中国山地の尾根筋の草原を彩る美花である.蛇紋岩地帯にはイブキジャコウソウ(南限),ネコヤマヒゴタイ,ヒロハヘビノボラズなどが見られる.広島県のブナ林は,日本海側のブナ林の要素であるハウチワカエデ,ヒメモチ,ハイイヌガヤ,チャボガヤ,エゾユズリハなどと,太平洋側の要素であるコハウチワカエデをあわせもつ中間的なブナ-クロモジ群集に属する.広島県のブナ林からは,ユキツバキ,オオバクロモジ,チシマザサなどの日本海要素は,まだ,見つかっていない.

西中国山地の三段峡,滝山峡,吉和村などの渓谷にはウラジロガシ林,トチノキ林,サワグルミ林,イヌブナ林などがよく発達し,オオモミジ,コハウチワカエデ,ハウチワカエデなども多く紅葉の名所になっている.渓谷の流れに近い岩上にはキシツツジ,ヤシャゼンマイ,ナメラダイモンジソウ,フサナキリスゲなどの群落が発達している.キシツツジは,四国,岡山県以西の中国地方と大分県に分布し,比較的,分布域の限られた種である.キシツツジに近縁なモチツツジは,広島県からは見つかっていない.県東部の渓谷林は,西部と比較して規模が小さく,人為的影響が大きい.

中国山地の高位面の湿原は,吉備高原面の湿原によく似ている.ヒメカンアオイが一部に分布することが注目されるが,ヤチシャジン,ミコシギクなどの大陸系要素は見られない.

4) 春植物

吉備高原面を中心にフクジュソウ,ホソバナコバイモ,セツブンソウ,サクラソウ,ユキワリイチゲ,アズマイチゲ,キクザキイチゲ,サンインシロカネソウ,カタクリ,キバナノアマナなど,早春に開花し,初夏には地上部は枯れて地下部で越冬する生活のリズムをもつ植物が分布している.このような植物を春植物(spring ephemerals)という.春植物は多雪地帯に分布の中心があり,広島県では,現在,雪の少ない地域にも見られるが,そこは過去には雪の多い地域であったと推定される.地上部が長い期間存在するので,厳密には春植物ではないが,ハルトラノオ,ヤマシャクヤク,ベニバナヤマシャクヤク,オキナグサ,ケスハマソウなども似たような生態を示す.これらの植物は,花が美しいので山草マニアに狙われるが,一方,総領町のセツブンソウ,向原町・上下町・神石町のカタクリ,東城町のフクジュソウなどは地域ぐるみで保護に取り組み,観光資源として活用されている所もある.ササ属チマキザサ節も多雪地帯に分布の中心があり,西条盆地のような,現在,積雪の少ない地域にウスバザサが分布しているのも,昔は多雪地帯であったと思われる.

5) 大陸系の植物

吉備高原面を中心に大陸系の要素が分布している.これには2つの分布型がある.第1の型は吉備高原面から中国山地,沿岸部から島嶼部の一部にまで広く分布するオオヤマレンゲ,エヒメアヤメ,ゲンカイツツジ,タンナトリカブト,キビヒトリシズカ,ヒゴタイ,ヤチシャジン,ミコシギクなどで,ブナ林,アカマツ林,岩峰,草原,湿原などに分布する.第2の型は県東部の石灰岩地帯に分布するチョウセンヒメツゲ,チョウジガマズミ,オニヒョウタンボク,アオイカズラ,シロヤマブキ,ヤマトレンギョウ,レンプクソウなどである.前川(1949)の提唱した「阿哲要素」(岡山県西部の阿哲郡に分布するものが多いことから名付けられた)の大部分は,この第2の型である.これらの植物は第四紀の氷河期に朝鮮半島と日本列島が陸続きとなり,分布を拡大したものであろう.第1の型の中で,オオヤマレンゲはブナ林に,ヤチシャジンやミコシギクなどは自然度の高い湿原に分布しているが,エヒメアヤメ,ゲンカイツツジ,タンナトリカブト,ヒゴタイなどは,人為的に草刈りなどが行われている明るいアカマツ林や草原に分布している.ゲンカイツツジは,生態的に広い適応をしめし,自然度の高い渓谷の岩峰にも分布するし,また,アカマツ林の山火事跡にも生育している.

6) 特記すべき植物

西中国山地から吉備高原面の西部には,いわゆる「ソハヤキ要素」が分布していることが注目される.ソハヤキ要素とは,1931年に京都帝国大学の小泉源一が名付けたもので,中部地方の赤石山脈から紀伊半島,四国,九州中部にいたる分布域を示す植物群である.この地域を代表する三つの地域の頭文字も連ねて作ったもので,九州の古い名である襲の国(そのくに)(熊襲(くまそ)の襲),九州と四国を結ぶ象徴として速吸瀬戸(はやすいのせと)(豊後水道),紀伊の国を並べて「襲速紀(そはやき)」と名付けたものである.ソハヤキ要素の概念については多くの議論があるが,前川(1977)によくまとめられている.この地域は第三紀中新世いらい,火山活動や海の進入を受けなかったと推定され,系統的に古い植物が多く残っており,中国大陸中部の植物相とも関連がある.広島県に分布するものでは,シロモジ,キレンゲショウマ,ベニマンサク,シコクスミレ,オモゴウテンナンショウ,オオマルバノテンニンソウなどや,最近見つかったクロフネサイシンなどがある.キレンゲショウマは中国大陸にも分布し,近縁種が朝鮮半島にも知られている.ベニマンサクは亜種が中国中部に分布している.したがって,これら2種は大陸系ともいえるので,グラビアではベニマンサクは大陸系のページに入れてある.コウヤマキは,前川(1957)のいう「コウヤマキ型の分布」を示し,ソハヤキ型の分布域から,一部,新潟・福島県境に飛び離れた分布を示している.コウヤマキは県内では西部に偏った分布を示し,佐伯町黒打峡,湯来町恵下谷及び天上山林道,宮島岩船山などのコウヤマキ群落は見事である.島でコウヤマキの自生があるのは,全国的に見ても宮島だけであろう.広島県西部が第三紀中新世に火山活動や海進の影響を受けなかったという明確な地質学的な証拠はないようであるが,植物の分布から見ると,興味深い地域である.

広島県のササ類については,竹田(1995)によって詳細に調査され,まとめられている.広島県で最初に発見され,その後,全国に広く分布していることが知られたササ類には,チュウゴクザサ(佐伯郡湯来町で発見),オヌカザサ(東城町小奴可),ウツクシザサ(広島市佐伯区五日市)がある.瀬戸内海の島や沿岸部には,スズザサ属(Neosasamorpha)の種が隔離分布していることは注目される.1951年に鈴木兵二が宮島駒ヶ林の岸壁でササ類の1種を採集し,続いて1958年に関も同じ場所で見つけた.これは,鈴木貞雄によってスズザサ属のイナコスズ(ケバノカシダザサ)と同定された(関ほか1975).その後,愛媛県の藤田幹雄,広島県の竹田孝雄,関太郎らによって,スズザサ属の稀な種が次々と広島・愛媛県の島嶼部や沿岸部で見つかった.それらはサイヨウザサ,イナコスズ,イッショウチザサ,セトウチコスズ(大崎上島で藤田幹雄発見の新亜種),オモエザサ,ミカワザサ,ケナシカシダザサ,ハコネナンブスズ,カシダザサ,アリマコスズ,キシリマザサである.これらのササ類は,人為的に導入されたものでなく自然分布であろう.宮島の生育地は自然度の高い岩壁であるが,他は社叢,海岸に近い林縁や山頂付近などである.いずれの生育地も群生しているが,その範囲は狭い.

目次

関連ページ

  1. 黎明期
  2. 明治・大正より昭和前期(1868~1945年)
  3. 戦後(1945年)~現代

本章の引用文献


広島大学 > デジタル自然史博物館 > メインページ > 郷土の植物 > 広島県の植物相と植生 > 広島県の植物相の特徴 | 広島県植物誌 / 広島県植物誌補遺